第21話
「おはようモモ! 今日もいい朝ね!」
勢いよく扉が開く音で目が覚めた。
瞼が半分くらいしか上がっていない桃は、部屋に突撃してきた白い髪の女性、シルヴィアを見て、そう言えば今は異世界にいるのか、と全く覚醒していない頭に浮かんでくる。
窓の向こうにはまだ薄暗い色が広がっていて、桃は思いっきり顔を顰めた。
「いまなんじ……」
「もう5時ね」
「おやすみ……」
「あ、ちょっと! 寝たらダメよ!」
シルヴィアの声も無視して、再び布団をかぶる。どうしてこんな早い時間に起こされないとダメなのだ。
5時って、わたしにとってはまだ夜だし。
「アオイ様から起こしてくるようにって頼まれたの。この国を見て回るんでしょう?」
「あと十時間寝たらね……」
「寝すぎよ! って、ちょっ、なにこれ全然前に進めないのだけれど!」
たしかに、今日はこの国を見て回る予定だった。だから元の世界に帰らず、こうしてギルドの一室を借りて一泊しているのだ。
この世界に住みたい。
そう言った桃に対して、蒼はあまりいい反応を見せなかった。それでも彼は、やはり魔女の気持ちを少しだけでも理解してくれたのだろう。
とりあえずはこの国を見て回ってみろ、と言われて、今日に至る。
まあ、有澄からは物凄く反対されたのだけど。
そんな蒼から、桃を起こして来いと頼まれたシルヴィア。あの人類最強、桃が朝苦手なことを知っていてシルヴィアを寄越しやがったな。
朝は桃にとって神聖な時間といっても過言ではない。ギリギリまで布団に潜り惰眠を貪る。その邪魔をされないためならば、室内の時空間を弄ってベッドに近づけない様にだってしてしまう。
シルヴィア自身に悪気がないどころか、良かれと思って起こしにきてくれてるから、ちょっと申し訳ない気もするけど。
これも全て小鳥遊蒼ってやつのせいなんだ。
「ったく、やっぱり寝てるな。いい加減朝はちゃんと起きたらどうなんだ?」
声と共に、ガラスの割れる様な音が。魔女の時空間魔術が破られた。
そんなことをできる人間は、ここに一人しかいない。
部屋に入ってきたのは、隻腕隻眼の人類最強。隣には眠そうな有澄も。
お陰で苛立ちから完全に目が覚めてしまった。
「乙女の部屋に朝から入ってくるとか、どういう神経してるわけ?」
「中々起きない君が悪いだろう。ほら、さっさと支度しなよ、この国の朝は早いからね」
そう言う割に、ドラグニア出身の有澄がとても眠たそうなのはどうしてなのか。寝ぼけ眼を擦っている彼女は、やはり幼く見えて可愛らしい。
「分かったよ……着替えるからさっさと出てって」
「モモ、服はあるの?」
「作るから大丈夫」
言って、軽く魔力を動かす。
それだけで簡単にワンピースを作り出してしまい、シルヴィアが感嘆の声を上げた。
「シキやマナミもそうだったけれど、異世界の魔術師はみんな凄いのね!」
「これはあの二人にもできないと思うよ」
なにせ桃が持つキリの力、『創造』に由来する魔術行使だ。朱音や翠は同じように出来るだろうけど、織と愛美には出来ない。
ちゃんと起きたのを確認したからか、蒼は半分寝ている有澄とシルヴィアを連れて、部屋を出て行った。
てか、有澄ちゃん本当に眠そうだったし、寝かしててあげればよかったのに。
一度起きてしまうと眠気が飛んでしまうタイプの桃は、部屋に備え付けてある水道で顔を洗ってから、服を着替えてから部屋を出る。
桃が借りていた部屋はギルドの三階なので、階段を降りて一階のロビーへ。
まだ朝の5時だと言うのに、ロビーにはそれなりの魔導師たちが集まっていた。シルヴィアも早速カウンターで仕事をしているようで、これから依頼に向かうのだろう魔導師数人に説明している。
「よう、起きれたのか。織からは朝に弱いって聞いてたんだがな」
「おはよう、そっちこそよくこんな早くに起きれるね」
ロビーの一角で椅子に座っている凪は、昨日と変わらぬ思考が読めない笑みでコーヒーを飲んでいた。
余計なことを話した織は今度怒るとして、桃も席についてコーヒーを頼む。こんな早朝から働かされてるウェイトレスのお姉さんは、嫌な顔ひとつせずにむしろ笑顔で注文を聞いてくれた。
しばらくしてから持ってきてくれたコーヒーを受け取り、喉を潤す。
「……いや、異世界なのにコーヒーとかあるの? なんで?」
普通に受け取って普通に飲んでたし、なんなら普通にコーヒーの味するけど、ここ異世界じゃなかったっけ。
いよいよ自分の世界との違いが分からなくなってきた桃は、そんなどうでもいいことに頭を悩ませる。
「細かいことは気にするなよ、禿げるぞ」
「花も恥らう女子高生になんてこと言うのさ!」
「この世界と俺たちの世界は、結構近いからな。同じものも似通ったものも、数え出したらきりがない」
これも、位相の影響なのだろうか。
例えば、この世界でも言葉が通じる、あるいは有澄が、桃たちの世界でも言葉が通じていた理由。そこにも位相が絡んでいる。
街を走る車や張り巡らされるライフラインなど、その過程はどうあれ似たものが存在していることも。昨日のカブトムシだって。
位相で繋がっているから、で片付けられてしまうのだ。
「鏡合わせみたいなもんだからな。見かけは同じに見えても、本質は全く違う」
「魔術や魔導が、表にあるか裏にあるか、ってこと?」
「簡単に言えばそこに帰結する。まあ、この世界にはドラゴンの存在があるから、一概には言えないけどな」
できるなら、この世界を隈なく冒険してみたい。そんな欲求が鎌首をもたげるけど、それよりもまずはこの国だ。
本当に桃がこの世界に移住するとしても、世界の中心たるドラグニアのことを知らなければならない。
いや、違うか。
世界のことも、国のことも知りたいのは事実だけど。
それよりも、もっと。
「で、お前今日はどうすんの? シルヴィアに城都を案内してもらうのか? 言っても結構広いからな、ここ。俺も全部回れたわけじゃねえし」
「城都の案内は、また今度にしてもらおうかな」
「は?」
コーヒーカップを置いて、立ち上がる。
不敵な笑みを浮かべて、一直線に向かうのはカウンターの向こうで仕事をしているシルヴィアの下。
このギルド所属の魔導師とまだ話をしているようだったが、近づいてきた桃の異様な雰囲気に気づいたのだろう。
そこにいた全員が、小さな少女に注目している。
ただ、そこに立っている。
それだけで、場の空気を一変させてしまう怪物。自分たちでは手も足も出ない化け物。
実力差を理解できてしまうからこそ、周囲の魔導師たちは桃から目を離せない。
けれど、注目を集めている桃自身は、至って自然にシルヴィアへ声をかけた。
「ねえ、シルヴィアちゃん」
「あら、なにかしらモモ。城都の案内ならもう少し待ってくれると嬉しいわ」
「んや、案内はまた今度でいいかな」
「そうなの? 楽しみにしていたのだけれど……」
「だからその代わりに、わたしと戦ってくれないかな」
「……え?」
なによりも、力と知識を貪欲に求める。
復讐なんて目的がなくても、それは変わることがない。
だからこそ、桃瀬桃は魔女と呼ばれたのだ。
◆
「なんの騒ぎだ、これは」
ドラグニア神聖王国の城都。その中心に聳えるドラグニア城は、とにかく広大だ。
なにせ人間だけでなく、ドラゴンも務めている。普段人と同じ姿を取っている龍たちだが、それも常時というわけじゃない。仕事の内容によっては、本来の姿に戻るドラゴンもいる。
そんな場所の一つが、兵士たちの修練場だ。
人間とドラゴン。異なる種族が手を取り合い戦うには、やはり日頃からの訓練が物を言う。どれだけの信頼関係をパートナーと築けていたとしても、兵士が所属するのは軍だ。ならば己のパートナーだけでなく、その他の人間やドラゴンのことも考えなければならない。
さて、某有名なドーム球場何個分ほどかも分からないくらいに広大な修練場ではあるが。
そこで起きている騒ぎを聞きつけた王太子殿下が、仕事もほっぽり出してやって来た。
丁度出入り口付近に立っていた凪は、久しぶりに顔を合わせる友人のしかめ面に笑みを返す。
「おうルシア、修練場借りてるぜ」
「ナギ……久しぶりに顔を見せたと思ったら、まともに挨拶も寄越さずどういうつもりだ? 聞けば、一度死んでいたらしいじゃないか」
「あー、やめろやめろ。そこら辺はもう息子たちに嫌ってほど言われたから」
「シキとマナミのことか。で、そこでシルヴィアと一緒になって修練場を独占している女は、その二人の関係者か?」
察しの良さは相変わらずのようで。さすがは次期国王。ルシアのような切れ者が玉座につけば、近隣諸国は色々と苦労することだろう。
なんて、この世界の情勢はどうでもいい。
問題は、凪とルシアも含めた大勢の観衆に見守られる中、修練場の中心に立つ二人の女性だ。
一人はシルヴィア・シュトゥルム。
龍神、天龍アヴァロンの娘であり、ルシアに王位が移ると共に魔導師長の地位に着く、この国では指折りの実力者だ。
龍神の娘というアドバンテージもさることながら、彼女の持つ魔導師としての力も侮れない。本人は拷問を専門とした研究者ゆえに、治療や精神系がメインだ。
しかし、この世界の魔導師である以上は戦えないわけがない。凪や桃の世界とは違って、この世界の魔導はとにかく実用性に重きを置かれる。
つい百年前まで世界規模の戦争をしていたのだ。それ以前から生きているシルヴィアが、まさか戦闘用の魔導を不得手としている、なんてわけがない。
次期魔導師長に任命されたのも、今現在の彼女の立場なんて関係なく、ただただその知識と魔導の腕があるからこそ。
シルヴィアの力は凪もルシアもよく知るところだ。
輝きを力に変えるドラゴン。この国の危機を救ってくれたことだってある。龍神の娘として、相応の力も有している。
だが、対する少女は、そんなシルヴィアに勝るほどの存在感を放っていた。
「彼女は何者だ?」
「魔女。俺の世界にも、女の魔術師は多くいる。そんな中で唯一その名を与えられた、蒼と同じ規格外だよ」
まだ、魔力なんて少しも使っていない。
にも関わらず、そこに立っているだけで。他を圧倒するほどの存在感とプレッシャー。
あるいは、見ているものに恐怖を与えるような。小さな体の後ろに、そんな化け物すら幻視してしまう。
ルシア自身もかなり腕の立つ剣士ではあるが、だからこそ、魔女と呼ばれた少女の力が理解できる。
「どうやら、魔女様の変なスイッチが入ったらしくてな。この世界のドラゴンについて知りたいんだと」
「だったら戦う必要などないものを……」
「これが一番手っ取り早いんだろ」
くくっ、と喉を鳴らす凪の視線の先には、軽い調子で準備運動をする桃と、未だ困惑気味のシルヴィアの二人が。
「ね、ねえモモ、本当に戦うのかしら? なにもこんなことしなくてもいいと思うのだけれど……」
「往生際が悪いなぁ。この場所までついてきたってことは、シルヴィアちゃんだって気になるんでしょ、わたしの力」
「そうだけれど……でも友達と戦うなんて……」
「あー、そういう感じか……ならまあ、これでどう?」
瞬間、少女を中心として突風が吹く。
離れた位置にいる凪たちまで、肌がピリつく。首の後ろがゾワリと嫌な寒気を感じ取って、付近で観戦しようとしていた兵士たちの中には蹲る者まで出ていた。
少し魔力を解放しただけ。
その量自体は本当に少しだけだったのだろうが、そこに殺気を込めれば話は変わる。
相対する龍神の娘は、目の前に不気味な笑顔で立つ魔女が本気だと、ようやく思い至ったのだろう。
冷や汗を垂らしながらも片足を一歩下げて、少女の姿をした怪物に、目を逸らせないでいる。
「わたし、いつも愛美ちゃんと一緒にいるからさ。周りからは結構誤解されてるんだよね。類は友を呼ぶ、って言葉がこっちの世界にはあるんだけど、まさしくその通り」
髪につけた桜の髪飾り。それが淡く輝けば、虚空から緋色の桜が大量に噴出した。
「
三日月に裂けた唇から、力ある言葉が。
一瞬、全身が桜の花びらに包まれ、弾けて舞い散る。
「
アウターネックのドレスと
魔女が持つ力の全力全開。対するはこの世界最強の龍神が産み落とした、輝きの龍。
誰もが息を呑み、やがて訪れる激突を待つ中、シルクハットの探偵は小さく呟く。
「賢者の石という絶対的な魔に魅入られ、探究心に狂った者のひとつの末路、か。そいつはたしかに、あの世界じゃさぞ居心地悪いだろうな」
◆
放課後というのは、如何ともし難い解放感のあるものだ。
ここ一ヶ月の学校生活で、朱音が学んだことの一つだ。クラスメイトたちはすぐに部活へ向かうわけではなく、それぞれ席に座ったまま談笑を続けたり、掃除当番はそれぞれ担当する場所に向かったり。
あるいは、部活が休みでこれから遊びに行く、という者もいるだろう。
「さあ朱音さん、翠さん、部活に参りましょうか」
「ええ、そろそろ次の天体観測の候補地も、絞っておきたいところですね」
「だね。それじゃあ悟史さん、啓太さん、また明日です」
「お、おう……」
「また明日」
同じ班の男子二人に別れの挨拶を告げれば、野球部の啓太は普通に返事を返してくれるのだけど。悟史の方はどうにも歯切れが悪い。なんか、ここ最近そんなのばかりで、もしかして嫌われてしまってるのかと首を傾げてしまう。
できればクラスメイトとは仲良くしたい朱音としては、直近で一番の悩み事だ。
三人仲良く天文部の部室である第二理科準備室へ向かえば、中には既に、顧問であり旧世界からの知り合いでもある、眼鏡をかけてカッコよくスーツを着こなす女性、アンナ・キャンベルが待っていた。
「こんにちは、みなさん」
「こんにちは、アンナ先生!」
元気よく挨拶すると、アンナは少し照れ臭そうに微笑む。どうやら、まだ先生と呼ばれることに慣れていないらしい。
明子がお茶の用意をしてくれて、翠が棚からお菓子を取り出す。どうやら、きのこたけのこ戦争は一時休戦となったらしく。ここ最近は翠のマイブームで、パイの実が毎日出されていた。
四人揃って紅茶を飲み、示し合わせたわけでもないのに、ほぅ、とため息が重なる。
まったりとした放課後。流れる時間は穏やかそのもの。いつかの日に夢想した毎日を、朱音は享受することができている。
「そういえば、みなさん次の天体観測はどうしますか? よければ、いくつか候補を出してみたんですけど」
机の上に広げられたのは、何枚かのパンフレットだ。どこも有名な温泉街で、棗市からだと確実に泊まりになってしまうだろう。
旅行は悪くないのだけど、一つ問題が。
「うーん、泊まりになると、全員で行くのは難しくなると思いますが」
「はい、何人かは街に残って、魔物の対処に当たらなければなりません」
「というか、アンナ先生が温泉に行きたいだけではありませんの?」
「うっ……」
図星だったのか言葉に詰まるアンナ。女子中学生三人からジーッと見つめられ、ついに観念して本音を漏らした。
「だ、だって、せっかく日本に来たんですから、温泉に入りたいじゃないですか……」
そこには先ほどまでの、キリッとしたカッコ良さなど微塵もなく。唇を尖らせて眦を垂らした、庇護欲をそそられる小動物感が満載だった。
うーん、このギャップ。あざとくも見えるけど、天然でやってるのだからなお可愛い。
父さんたちの気持ちがちょっと分かっちゃうなぁ。
「なんでしょう、この、守ってあげたくなる感じは」
「翠さん、それが母性ですわ」
「これが、母性……」
「いや違うから。明子、翠に変なこと教えたらダメだよ」
割と当たらずとも遠からずだとは思うけど。多分普通にギャップで萌えてるだけ。
「アンナ先生、ボロが出なかったらカッコいいのにね」
「ですわね。しかしそのギャップも、先生が愛される所以のひとつですわ」
「わ、私だって好きでボロを出してるわけじゃありません! 本当は桐原さんみたいに、カッコいい女の人でいたいんですよ!」
中学教師が生徒に対して、魂の叫びを上げていた。そういうところだと思うんだけどなぁ、なんて思ったりする朱音だが、わざわざ口には出すまい。
「んー、母さんのあれは、本人も意識してやってるわけじゃありませんので。真似しようと思っても出来るものじゃありませんが」
「天然たらし、というものですわね」
「朱音が手本を見せればいいのではないですか?」
「えぇ……」
たしかに、転生者である朱音なら愛美の思考を完璧にトレースできるし、なんなら桐原愛美そのものになれるけど。
ぶっちゃけ、こんなしょうもないことにソウルチェンジは使いたくない。
しかし、捨てられた子犬のように縋る目で見てくるアンナを前にすると、断ることはできなかった。
まあ、別にソウルチェンジ使う必要もないし、ちょっとだけなら。
こほん、と咳払いをひとつ。
立ち上がり、アンナへと距離を詰めた。口元には微かな笑みを浮かべて、彼女のメガネを取る。
「やっぱり思った通り。アンナさん、メガネ外した方が美人よ?」
ジッと見つめたまま言えば、アンナの整った顔が真っ赤に染まった。それを見て、朱音はまたクスリと微笑む。
「なるほど、これが天然たらしですか」
「他の人があんな歯の浮くようなことをしても、薄ら寒いだけですわよ」
「コンタクトに変えようかな……」
「いや本気にしないで欲しいのですが! あくまでも母さんならこうするってだけですので!」
地味に明子が辛辣で、朱音の心にダイレクトアタックしてくる。
でも母さんなら間違いなく言うもん……。
「しかし、たしかに桐原愛美なら言いそうではありますね。あとは緋桜も」
「緋桜さんが言ったところで、チャラ男にしかならないのが面白いよね」
「わたくし、緋桜さんとはあまりお話したことがないのですけれど、そのようなお方なのでして?」
「あの男とは話さない方がいいですよ、明子」
やけに力強い翠の言葉だった。とても実感の篭もった説得力のある声だ。
「常日頃からおちゃらけた態度で、重度のシスコンで、容姿の優れた女性にはすぐ声をかけて、デリカシーのないセクハラ発言も平気でするような男です」
「とんだお排泄物野郎ですわね」
「明子? 言葉遣いが乱れてるよ?」
「しかも、それら全てが意図的に演じるペルソナでしかないから、タチが悪い。わたしが知る限り、この世で最も愚かな男ですよ」
「翠、言い過ぎだから。緋桜さんが聞いたら血の涙を流すよ」
いや全くもってその通りなんだけど。翠の言うことはなにも間違ってないんだけど。
でも、朱音は知っている。
こんなボロクソに言っていても、無表情を崩さないこの友人が、あの男のことをどう思っているのか。
表情こそ変わらないものの、どこか弾んだ声に、聞いていたアンナも察するものがあったのだろう。
年長者として、教師として、子供を見守る優しい笑みで、翠に問いかけた。
「翠さんは、彼のことが嫌いですか?」
「嫌い……ではありません。緋桜はわたしの憧れで、もう一人の兄ですから。誠に遺憾ではありますが」
さすがに恥ずかしかったのか、薄く朱に染まった頬を隠すようにそっぽを向いた。
そんな友人が可愛くて、朱音は明子と揃ってニマニマとした顔をしていたことだろう。
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