魔女と龍の世界
第19話
とある地方都市の一角。川沿いに位置するそこは、あまり人通りのない場所だ。
すぐそこから街の喧騒は聞こえてくるけど、その陽が当たることは決してない。街の裏側、という表現が実に似合う。
そこに建つ雑居ビル。一階は空きテナントになっていて、二階へ繋がる階段の前には小さな看板が。
桐生探偵事務所。
友人の営業している事務所じゃない。その父親が取り仕切る事務所。
あの日、全ての歯車が回り始めた日に、桃瀬桃と桐原愛美が訪れた場所。
降り出した雨に傘を差すこともなく立つ桃は、どうしたものかと少し悩んでいた。
織の口車に乗ってここまで来たはいいものの、正直桐生凪という男の人物像が見えてこないのだ。織以外にも、小鳥遊蒼から話を聞いたことはある。
16年前、異世界からアリス・ニライカナイと黒龍エルドラドがこちらの世界に迷い込んで来た時。魔女の知らないところで、彼は協力してくれていたらしい。
更にはその頃から、すでに自分たちがグレイに殺されることも知っていて。息子に全てを託し、死んだ。
織も蒼も彼を信頼しているようだったが、桃からすればかなり謎が残る。なぜエルドラド戦の時、頑なに桃から距離を取っていたのか。キリの人間についても把握していたと言うし、桃には協力を申し出てもいいものなのに。
「そんな濡れてると風邪引くぞ」
声が掛かって、思考の海から浮上した。
ハッと顔を見上げた先、雑居ビルの軒下に、一人の男が立っている。どことなく友人の面影を感じさせる顔つきをしている彼が誰なのか、一目見て気付いた。
「桐生凪?」
「自己紹介は必要なさそうだな」
ニッと笑った探偵は、ついて来いとだけ言って階段を上がっていく。桃もそれに続いて、体と服は魔術で適当に乾かした。魔力の回収も忘れない。
事務所の中に通され、来客用のソファに勧められて腰を下す。
「織から連絡はあった。ドラグニアに行きたいんだってな」
「その前に、色々と聞きたいこともあるんだけどね」
「ほう、魔女様がこんなしがない一般探偵になにをお望みで?」
一般探偵ってなんだ。
突っ込みたくなるのをグッと堪えて、気持ち強めに睨め付けながら口を開いた。
「まずは16年前のこと。旧世界での黒龍騒ぎの時、わたしとの接触を避けてたのはどうして?」
「随分と昔のことを気にするんだな」
喉を鳴らす探偵は、当時を懐かしむような目をしている。あの時はあの時で、本当に色々と大変だった。
桃は最後にトドメを刺しただけのようにも思えるが、これでも本部の老人を黙らせるのに苦心していたのだ。なにせあいつらは、学院本部が所有する最高戦力の出撃を、頑なに認めなかった。南雲の口添えがなければ、桃は間に合っていなかっただろう。
「未来のため、とでも言えばいいのかね。バタフライエフェクトって言葉くらい、聞いたことはあるだろ?」
蝶の羽ばたきひとつだけでも、未来は大きく変わってしまう。
ならあの場で凪と桃が接触することによって、未来はどのように変わるというのか。ほんの少し考えてみるが、答えにはすぐ行き当たった。
「……もしかして、織くんと出会わせるため?」
「織だけじゃない。一徹さんとこの愛美ちゃんとか、紫音たちのとこの緋桜君とかな。あんたの未来は、あそこが分岐点だったんだよ」
他人の口からそう説明されても、中々に納得しづらい。
いや、たしかにあの事件は、ある意味で桃にとっても契機ではあったのだ。異世界の存在の観測、接触を果たした。そこから転じて、空の元素魔術開発に着手できたのだから。
そして、非常に癪ではあるし、本人はおろかこの場で口に出すことすら嫌で嫌で仕方ないのだけど。
やがて人類最強に至る男、小鳥遊蒼と出会えたのだから。
「ひとつ、仮説を立てようか」
胡散臭い笑みを浮かべる探偵は、人差し指をピンと突き立てた。
その思考が読めない。
ヘラヘラ笑って誤魔化そうとするのは、緋桜も似たところがあるけど。彼が感情を隠すのに対して、桐生凪は思考を隠す。
探偵という職業柄なのか、己のことをなにも晒そうとはしない。
「仮に、俺とあんたがあの時出会っていたとしよう。するとあんたには、選択肢がひとつ増えることになる」
「グレイ打倒への協力者の候補として、ってこと?」
「そうだ。あんたの性格上、蒼のことは余程じゃない限り頼らないだろう。それこそ、織や愛美ちゃんに危機が及ばない限りは。なら龍とルーク、有澄も選択肢から除外されるし、アダムは当時この世界にいなかった」
桃瀬桃が素直に頼れる人間が、あの時は愛美以外にいなかったのだ。緋桜は行方不明だし、南雲は怪しい動きを見せていたから。
だから、もし凪と知り合っていたなら。桃は恐らく、自分の意思でこの事務所に頼るかどうかを悩んだだろう。
それは納得できる。あるいは、愛美や緋桜と出会うよりも前に、蒼にはここに連れてこられていたかとしれない。
「なるほど、そういうことか……」
「俺と冴子がグレイに殺されることは、すでに確定された未来だったからな」
もしそうなると、愛美にも緋桜にも出会わないことになる。織とは出会っていたかもしれないけど、桃瀬桃は魔女のまま、救われることもなく一人で戦い続けていただろう。
あるいは、織が愛美の代わりになり得るのだろうけど。そんな考えは二人に対する侮辱と変わらない。
なにより、織と愛美が出会うこともなくなる。
「あの日俺に会いに来たのは、南雲に提案されたからだろう? 桐生凪という人間を知らないお前は、僅かな手がかりでもいいからと、藁にもすがる思いでここに来た。それ以外の選択肢は、事前に潰してたからな」
もしもの話だ。全部、もしもの話。起きたかもしれないし、起こらなかったかもしれない。
凪がその可能性を事前に潰したから、実際にどうなるかなんて今となっては分からないけど。その可能性が少しでも存在するなら、この探偵は徹底的に潰す。
全ては、未来のために。
「そういうことなら納得かな。掌の上で踊らされてる感じは気に入らないけど、結果的に世界はこうなったんだし」
「戦いは始まる前に終わらせておくもんだ。まあ、そのせいで織たちには辛い思いをさせちまったけどな」
後悔の滲む声。
ああ、この人は織くんの父親だ。家族のために戦い、家族のために未来を求める。
親子でとってもよく似ている。
「さて、聞きたいことはこれで全部か? だったらさっさとドラグニアに行こう。俺も蒼には会っておきたいしな」
「うん、大丈夫。あなたが信頼できる人ってことは分かったし」
ソファから立ち上がり、織に預かった鍵の魔導具を渡す。それを受け取った凪はジャケットを羽織り、息子と同じハットを被った。
その瞳も、織と同じオレンジに染まっている。
「ああ、一応注意な。初めて向こうに行く時は魔術が使えないから、なにかあったら素直に下がってろ。俺が対処する」
「そんなの織くん言ってなかった!」
「聞かなかったからだろ」
ていうか、なにかあるかもしれない場所に出るの? 聞けば確定してしまう事実が怖くて、桃はそれ以上何も言わずに開かれた孔へと足を踏み入れた。
◆
異世界へ繋がる扉。
真っ暗な孔を抜けた先で桃を待ち受けていたのは、どこともしれない鬱蒼とした森の中だった。
「ちっ、やっぱりここに出てくるか……イブに文句言った方がいいな、こりゃ」
共にこちら側へやって来た桐生凪は、手に持っている鍵を憎たらしげに睨んでいる。
「やっぱりってことは、毎回ここに出てくるの?」
「ああ、今のところはな。つっても多分、この魔導具のせいじゃない。問題は俺たちの方にある、と思う」
曖昧な言い方なのは、凪も正確に把握しているわけじゃないからだろう。しかしその鍵に問題がないのなら、イブに文句を言ったところで無駄だとは思うけど。
さて、桃にとって初めての異世界旅行。
大気は魔力で満ち溢れており、個人的にはこちらの世界よりも空気が美味しい。周囲を見渡せば、森の中には知識にない植物がたくさん生えている。さすがに屹立する樹木まで大きく違うわけではなさそうだけど、草花は見たことないものばかり。その中の全てが魔力を帯びていて、魔女としての探究心が掻き立てられる。
生態系はどうなっているのだろう。
見たところ植物はこちらの世界と変わらず、呼吸と光合成を行なってそうだ。あるいは、魔力を吸収することによって活動している植物もあるかもしれない。
ならば生物の方はどうだ。目を凝らしてキョロキョロと首を巡らせれば、木に何匹かの虫が止まっていた。足は六本、甲殻は黒く光ってて、頭からは立派なツノを伸ばし樹液を啜っている。
ていうか、それはもはや。
「カブトムシじゃん」
「ん? お、マジだ。カブトムシいるじゃねえか。捕まえて蒼に自慢してやろう」
「いやいやいや」
さすがに待ってほしい。
ちょっと、色々と落ち着かせてほしい。
「ここ、異世界でしょ? なんでカブトムシいるの?」
「そりゃお前、カブトムシは強いからな」
「理由になってないよ! 明らかにこっちの世界の昆虫だよね⁉︎」
ちょっのワクワクしていただけに、見慣れた虫を発見してしまうとテンションが下がる。しかもこの探偵、もういい歳なのにカブトムシで盛り上がってるし。さすがの小鳥遊も自慢されたら困るでしょ。
写真撮って織にも見せてやろう、とか呑気に言ってる凪は、スマホをポケットから取り出してパシャパシャしてる。
「この世界の根幹には、魔力の存在がある。俺たちの旧世界よりも更に深く、世界の奥底にまで魔力が根付いてるんだ」
「急になに? カブトムシについて説明してほしいんだけど?」
「まあ聞け。そういう世界だから、全ての存在が大なり小なり魔力を持つ。人間もドラゴンも、家畜や植物、砂や土、鉱石。人工物に至るまであらゆるものに」
「本部の老人が生きてたら、こんな世界手放さないだろうね」
「違いない」
可笑しそうに笑う探偵は、スマホをしまってからカブトムシへと視線を注いでいる。
この世界に来たばかりで魔術の使えない桃だが、よくよく観察してみると、たしかにカブトムシからは魔力が感じられる。
「俺たち魔術師は、魂から生命力を生み出し、生命力から魔力を汲み取る。だがこの世界のやつらは、魂そのものから直接魔力を汲み取るんだ」
「それだと、人工物にも魂は宿る、って言ってるように聞こえるけど」
「その辺を説明しだすと長くなるからな。蒼にでも聞いてくれ」
見てろ、と凪が呟いた、次の瞬間。
彼はカブトムシへ向けて、徐に魔力弾を放った。真っ直ぐ飛んでいく光の弾丸は、コンクリートの壁すら破壊する威力が秘められている。人間の頭にでもぶつかれば、愉快なオブジェクトが出来上がるだろう。
その魔力弾を。
あろうことか、カブトムシはその立派なツノで叩き落としたのだ。
「嘘、カブトムシなのに⁉︎」
「あのカブトムシはドスカブトって名前でな」
「小学生のネーミングセンスじゃん!」
「昆虫界最強だ。ドラゴンの鱗も破るぞ」
「カブトムシが⁉︎」
驚くのも束の間、食事の邪魔をされたカブトムシことドスカブトとやらが、甲殻の色を警戒色の赤へと変えた。
羽を広げて木から離れ、立派な凶器となるツノをこちらに向けている。
「ただまあ、所詮は昆虫だ。こんな風にして、っと」
素早く構成される術式。探偵が展開した魔法陣から、魔力の糸が放たれる。
それらはドスカブトを囲むように広がり、やがて完全に包囲して鳥籠となった。いとも容易く、昆虫界最強らしいカブトムシの捕獲に成功。
意図せず垣間見た探偵の実力に、桃は僅か息を飲む。
これはたしかに、旧世界で生きていたら、知り合っていたら頼っていたかもしれない。
「ほれ、いっちょ上がりだ」
「うわぁ……めっちゃ暴れてるけど……」
「魔導収束の一種でな。中のやつは少しずつ魔力を吸われるから、そのうち大人しくなるぞ」
言ってるうちに、鳥籠の中で暴れているカブトムシは少しずつ大人しくなっていく。
魔導収束の練度は織よりも数段上。というか、単純に織の上位互換みたいだ。
「手土産もできたことだし、こんな森はさっさと出るぞ。長居してたら厄介な奴が出てくるからな」
言って、転移の魔法陣が足元に広がる。
転移魔術を始めとした時空間魔術は、座標の取得が重要視される。ここは異世界で、当然ながら地理が頭に入っていないと、今自分がいる場所や転移先の座標などは取れない。
問題なく行使するのを見るあたり、凪はこの世界に何度も足を運んでいるのだろう。
一瞬の浮遊感の後、景色が変わる。
真っ先に視界へ飛び込んできたのは、夜空を背景に佇む巨大な城だった。
果たして一体何メートルあるのか。街のどこからでも見えるだろう大きな城は、見惚れるほど美しい白に染まっている。
視線を街中へと移せば、意外な光景が。舗装された道路に、車が走っているのだ。信号機もしっかり道に立っていて、等間隔に街灯も置かれている。車だけじゃない、バイクやトラックなどなど、桃たちの世界では当たり前のように見かける乗り物だらけ。
交差点の一角に立つ桃は、次いで建物を見回した。建築様式は多少異なっているように見えるが、材質は変わらない。コンクリートのものが多い。中には煉瓦造りや木造のものもあるけど。
「なんか、思ってたのと違う……」
「そうかそうか。織たちも全く同じこと言ってたらしいぞ」
そりゃそうだろう。現代の若者に異世界はどんなところだと思うか、と尋ねれば、殆どが中世ヨーロッパ風だと答えるはず。
それが実際はどうだ。この街は巨大な壁に囲まれていて、その中央には壁よりもさらに大きなお城。中世ヨーロッパ要素はそれだけで、後は殆ど桃たちの世界と変わらない。
この街の外はどうか分からないけど、技術レベルはこちらの世界と遜色ないだろう。
「異世界っぽいのが見たいなら、ほれ。上見てみろ」
「上?」
凪につられて首を上に向ければ、大きな影が頭上を通り過ぎていった。
翼を広げて城の方向から飛んできたのは、この世界の象徴たる存在。
ドラゴン。
現代に近い街の中では、あまりにも異質に映る龍。しかし自然と馴染んでいるように思えるのは、この世界では当たり前の景色だからなのだろう。
周囲を歩く人たちも、上空のドラゴンを見上げていたり、手を振っていたり。
「ついでに、ドラゴンはあれだけじゃないぞ。街中には人の姿をしたやつだっている。この大通りにはいないだろうが、他の場所では猫みたいなサイズのドラゴンもな」
「わざわざ姿を変えたり小さくしたりしてるの?」
「人間とドラゴンの共生。この世界が生まれてから、歴史上初めてそれを成し遂げた国だからな」
やはり異世界。桃には分からない価値観だ。ドラゴンとの共生をどうして望んだのか、どの様な歴史の末にこの国が生まれたのか。明らかに人間よりも強大なドラゴンが、なぜわざわざ自分たちより弱い人間の生活に合わせるのか。
きっと、この世界、この国の人たちにしか理解できないのだろう。異世界からの来訪者である桃には、そこに介入する余地がない。
「いつまでも立ち話ってのもなんだ。中に入ろうぜ」
「そういえば、ここは?」
「ここはドラグニアの城都。まあ首都みたいなもんだな」
「それはあのお城みたら分かるよ。この建物のこと聞いてるの」
道を歩く人たちの言葉は聞き取れるようになるみたいだが、さすがに文字は読めないらしい。大きな交差点の一角、目の前に佇む木造の建物は看板にデカデカとなにか書いてあるようだが、桃には謎の記号にしか見えなかった。
「それは蒼たちに聞いてくれ。俺も、ここが本格的に稼働してからは来てなかったからな」
どうやらこの様子だと、凪も文字は読めないらしい。
堂々と扉を開いた探偵に続いて建物の中に入れば、真っ先に広いロビーのような場所に出る。そこには多くの人が集まっていて、それぞれが剣や槍、杖などの武装をしていた。
服装も様々だ。鎧を着ているものもいれば、いかにも魔術師と言ったローブを羽織っている者もいる。
みんなお酒を飲んでたり楽しそうに談笑しているから、ひょっとしてここは居酒屋かなにかなのだろうか。
「随分物騒な場所だね」
「フリーの魔導師が集まってるからな」
魔導師? これが全部?
鎧や剣などで武装している連中は、お世辞にも魔導師なんてものに見えない。そりゃ桃の世界にだって、剣や刀、槍に果ては鎌を使うような魔術師はいるけど。
ここにいる彼らが纏う雰囲気は、戦士のそれだ。
「言ったろ、この世界は全ての存在に魔力が宿る。つまりあいつらはああ見えて、魔導を扱かうやつらなんだよ。そして魔導を生業とする人間のこと全てを、この世界では魔導師と呼ぶ。RPGみたいに戦士だの僧侶だのと分けられてるわけじゃない。まあ、相応の役割分担はあると思うけどな」
説明しながら、凪は全く物おじせずにロビーを歩く。周りの魔導師からは奇異の視線を向けられているが、彼らには二人が余所者だと分かるのだろう。なにせ凪はスーツ姿で桃は高校の制服だ。ぱっと見でこれと言った装備は見当たらないし、当然と言えば当然。
中には二人を見ながら、ボソボソヒソヒソと声を潜めて会話している者も。
「おい、見ろよあいつ。ドスカブトを捕まえてるぞ……」
「嘘だろ、捕獲難易度いくつあると思ってんだ……偽物に決まってる……」
「いやでも、あの魔力パターンはドスカブトのものよ。偽物ということはあり得ないわ」
「この辺で見ない顔だし、なにが目的だ? マスターたちに知らせるか?」
このカブトムシ本当に凄いやつだった!
周囲からのそんな視線に慣れてるのは桃だって同じなので、特に気にせず真っ直ぐ歩いていく凪の後ろについていく。
立ち止まったのはカウンターの前。テーブルを挟んで向こうには、ロビーにいる魔導師たちよりも高級そうで上品なローブを着た、白い髪の女性がいた。
どうやら凪の知り合いらしく、気安く声をかけている。
「ようシルヴィア、久しぶり」
「ナギ! 一ヶ月ぶりね、今日は一人なのかしら? サエコは? シキは? マナミにアカネは?」
「みんないねえよ、お前には悪いけどな」
笑顔で探偵が返せば、シルヴィアと呼ばれた女性はしゅんと肩を落とす。
どうやら、彼女が愛美の言っていた異世界の友人らしい。
シルヴィア・シュトゥルム。
旧世界での最後の戦いの時、援軍に駆けつけてくれたドラゴンの一体。織たちから聞いた話だと、ぼっちで拷問が趣味なのだとか。
「代わりに、別のやつ連れてきた」
「桃瀬桃、わたしも織くんたちの友達だよ。よろしくね、シルヴィアちゃん」
「ええ、よろしくモモ! 友達の友達はあたしにとっても友達よ!」
握手を求められて応じれば、ぶんぶんと手を大きく振られる。悪い子じゃなさそうだけど、距離感の詰め方がエグい。
「にしても、次期魔導師長までこんなところに出向いてるとはな。よほど人が足りてないのか?」
「まだあたしって決まったわけじゃないわ。だからこうして、アリス様のところで研修させられているのだから」
「お前が? 必要ないと思うけどなぁ」
「城の中だけじゃなくて、外の魔導師のこともよく知っておけって、殿下が仰ったのよ」
「なるほど、ルシアの命令か。なら納得だ」
桃には理解できない話が目の前で繰り広げられる。ちょっと面白くない。
けれど、シルヴィアは次期魔導師長なのか。おまけにドラゴンだし、それなりに強そうだ。機会があれば手合わせしたい。
「それで、今日はどうしたのかしら? 殿下に会いにきたの?」
「いや、今日は蒼の方だ。上にいるだろ?」
「ええ、この時間ならアリス様に絞られてる頃じゃないかしら」
「またなんかやらかしてんのか、あいつ」
「どうせ小鳥遊のことだから、仕事抜け出してどっかほっつき歩いてたんでしょ」
よほどの緊急性がない限り、あの人類最強は仕事をサボる傾向にある。どうせ日本支部の学院長やってた頃だってそうだったに違いない。
吐き捨てるように言った桃だったのだが、カウンターの向こうにいるシルヴィアはどうやら違う受け取り方をしたようで。
「モモはアオイ様とも友達なのね!」
「それだけはない。絶対ないから」
つい即答してしまった。
初対面の人に対して言いたくないけど、こいつ頭の中お花畑なのでは?
桃は訝しんだ。
「あいつとはただの知り合い。嫌いな人間を挙げろって言われたら真っ先に出てくる名前だよ」
「そうなの?」
「そうなの」
割とマジのガチで、桃瀬桃は小鳥遊蒼を嫌っている。ただし信頼はしているし、彼のおかげで友人達が頼もしくなったのも事実。
嫌いだからこそ、そこは認めなければならない。
「その辺にしといてくれよ、ご両人。もう夜遅いんだし、時間がなくなる。蒼が有澄の折檻でノックアウトする前に、さっさと話を済ませにいこうぜ」
「だね。久しぶりに小鳥遊のアホヅラを拝んであげるかな」
シルヴィアに見送られて、二人はカウンターの奥にある階段を上る。
嫌いな相手ではあるけど。きっと彼なら、桃の相談に乗ってくれるだろうと、僅かな期待を胸に秘めて。
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