第2話

 レンガ造りの広い建物の中。

 テーブルの上には多くの料理が並べられていて、その全てが異世界の食材を使ったもの。この国の王女であるはずの有澄自らが作ってくれた、絶品の料理。


 それらに舌鼓を打ちながら、朱音は周囲を見渡す。


「にゃはははは! もっと酒を持ってこーい!!」

「うっぷ……僕はもう無理……限界……」

「なんだ、もうギブアップか馬鹿……俺の勝ちだな……うっ……」

「アダムさんも限界じゃないですか」

「ルークに付き合うからそうなるんだ。ほれ、水飲め水」

「アリスちゃん、二日酔いに効くお薬出そうか?」

「大丈夫ですよナイン。この人たちを甘やかしたら、ろくなことになりませんから。精々苦しんでもらいましょう」


 酒の飲み過ぎで死にかけてる蒼とアダム。それ以上に飲んでいるはずのルークは、なぜか元気に酒樽を抱えている。

 そんな彼らを囲う他の人たちは、可笑しそうに、あるいは馬鹿にしたように笑っていて、平和で楽しい空間が形成されている。


 朱音には、馴染みの浅いものだ。

 旧世界において、何度か桐原家で似たような宴会に参加したことがあったけど。やはり簡単に慣れるものではない。


 ただ、それでも。朱音自身が今この瞬間を、楽しいと感じているのはたしか。

 織や凪、家族を始めとしたみんなが、関わりの薄い人たちですら、朱音の誕生日を祝ってくれた。

 この場にいない人だっているけれど。こうして集まって、馬鹿なことをやっては笑い合える。なんの蟠りもなく。


 これは、朱音が自らの手で勝ち取ったものだ。望んでやまなかった平和な世界。欲を言えば、ここに愛美やサーニャがいて欲しかったけど。


 その代わりにいるのは因縁の相手で、どうにも釈然とせず、テーブルの上に立つ全長十五センチの吸血鬼を見やる。


「ふむ、中々美味いものだな。異世界の料理と言うから、どのようなゲテモノが出てくるものかと思っていたが。味に栄養、見栄えもいい。彼方有澄の腕もあるだろうが、いくらか持ち帰りたいな」

「ちょっと! それ私のご飯!」


 しれっと朱音の皿からステーキを齧るグレイに、抗議しながら思いっきり叩き潰すつもりでグーを落とした。

 簡単に避けられてしまい、恨みの篭った目でぐぬぬと睨む。


「そう怒るな、ルーサー。まだこんなに残っているだろう」

「お前に取られるっていうのが我慢できないの。蒼さんたちのところも残ってるんだから、あっちに行ってよ」

「あの酔っ払いどものところへ行けと? 貴様は私に死ねと言ってるのか」

「直接言わないと分からなかった?」


 そもそも、どうして戦勝会に敵だったグレイがいるのか。仕方ないこととは言え、どうにも納得し切れない。


 朱音自身の中にあったグレイへの憎悪は、完全に消えている。本来それはこの場にいるグレイではなく、未来のグレイに向けられていたものだ。

 今更このミニチュア吸血鬼をどうこうしようなんて、思うわけもない。

 気に食わないのは変わらないけど。


「しかし、この世界も随分と面白いことになっているな」


 ククッ、と喉を鳴らす吸血鬼は、酔っ払い転生者どもを見て、龍の巫女たる四人を見て、そして天井へ目を向ける。

 情報操作。その副作用である、情報の可視化。現状グレイが使える、唯一の力。それでなにかを視たのだろうか。


 怪訝な目を向ければ、グレイは忍び笑いを引っ込める。急に真剣な表情になり、忠告とも取れる言葉を放った。


「位相が閉じているとは言え、それ自体が消えたわけではない。この世界で大きな異変が起これば、我々の世界にも影響を及ぼす可能性はある。それだけは覚えていろよ」

「……? 今更なに? それくらいは私も知ってるけど」

「ならいいのだがな」


 位相の扉は閉じた。フィルターは機能せず、魔術や異能といった超常の力がこちらの世界に齎されることは、もうあり得ない。

 しかし、位相自体が消えたわけでもなければ、異世界間同士の繋がりも残ったままだ。だからこそ、朱音たちは魔導具ひとつだけで世界を渡れている。


 つまり、この龍の世界に大きな異変が起きれば。その反動が朱音たちの世界に影響を及ぼす可能性は、大いにあり得る。


「朱音、ちょっとこっち来い。誕生日プレゼントやるよ」

「本当ですか!」


 龍から手招きされて、朱音は料理も放ったらかして駆けていった。

 だから、残された吸血鬼の呟きは、誰も聞いていない。


「魔王、赤き龍。ダンタリオンめ、厄介な置き土産をしてくれたものだ。時が来れば、私も力を貸すしかないか」



 ◆



「……」

「……あの」

「……」

「なんかようっすか……?」


 眠たげな瞳でじーっとこちらを見つめてくるのは、今日が初対面な金髪の女性。歳は織よりも少し上くらいだろうか。身長は織よりも頭ひとつほど小さい。立居振る舞いには上品さが感じられ、顔つきはどことなく有澄と似ている。

 そういえば、有澄には妹がいるとか言っていたか。


 ドラグニア神聖王国第二王女。風龍シャングリラを宿した龍の巫女。

 エリナ・シャングリラ。


 織が初めてドラグニアに訪れた時は、修行の旅だとか言って国を留守にしていたが、先日はこちらの世界に増援として来てくれた。


「エリナ、どうかしましたか?」


 ずっと見つめ続けてくる女性と、見つめられ続ける織。

 そんな二人の間に、有澄がなにかあったかと割って入ってきた。どうやら、酔っ払いどもの相手はイブに任せたらしい。

 すぐそこでは蒼とアダムが死んでいて、ため息を溢すイブが水をぶっかけていた。あとナインとか言う人も、甲斐甲斐しく薬を準備してくれている。


「お姉様、この人が本当に、アオイ兄様の弟子なの?」

「そうですよ。蒼さんの一番弟子、は愛美ちゃんだから、二番弟子の桐生織くんです」

「……これが?」


 おい、これってなんだ。


「まあ、たしかに織くんの実力はこの中だと下の方ですけど」

「フォローしてくれるんじゃねぇのかよ……」

「でもでも、搦め手を使わせたら右に出る人はいませんよ! ほら、魔眼もあるし!」


 もう少しマシなフォローはなかったのだろうか。

 いや実際、今この場にいるメンバーの中だと、織の実力は下の方に位置するだろう。魔眼の恩恵があるから、それなりに戦えているだけ。


 蒼や有澄、アダムとイブには言うに及ばず敵わないし、純粋にただ強い龍やルークにも。時界制御などと言うとんでも異能を持ってる娘に至っては、同じ魔眼があるし。

 そして龍の巫女には、その魔眼すらまともに通用するか分からない。なにせ異世界の存在なのだから。


 肩を落とす織をフォローしてくれたのは、また別の巫女だった。


「搦め手だろうがなんだろうが、テメェの実力ってことに変わりはねぇだろ。一歩戦場に踏み出せば、手段なんて選ぶべきじゃない」


 織よりも背の高い、男装の麗人。燃え盛る炎のように赤い髪を持つ彼女は、炎龍ホウライを宿した巫女。

 クローディア・ホウライだ。


「よう、久しぶりだな、異世界からのお客人」

「会ったことありましたっけ?」


 名前だけは聞いていたので、髪の色を見れば彼女が炎龍の巫女だと分かる。しかし、顔を合わせるのは初めてのはずだ。

 はてと首を傾げる織のみみに、有澄のため息が聞こえて来た。


「この前、みんなでノウム連邦に行ったじゃないですか」


 ドラグニアよりも北、山間部に位置するその国に行き、織たちは家族三人水入らずで温泉に入った。

 和風の文化を持つ国は織たちの心も体も存分に癒してくれたけど、同時に少し小っ恥ずかしい思い出も残っている。


 頭によぎった愛美の酔っ払い姿を掻き消していると、まさしくその時のことを聞かれた。


「織くん、そこで甘酒を飲みませんでした?」

「なんで知ってるんすか」

「その甘酒を振る舞ったのが、このクローディアですよ」

「え、は? いやいや、たしかあの店は結構歳いった婆ちゃんしかいなかったはず……」

「オレが化けてただけだぜ」


 マジですか……。


「いやぁ、異世界人ってのはアオイ以外に知らなかったからな。どんなもんかと見に行ってみりゃ、随分面白いもんが見れた!」

「こっちは笑い事じゃないんすけど……」


 ケラケラ笑うクローディアは、あの時の二人の様子を思い出しているのだろう。

 まあ、傍目から見たらただのバカップルだし、織の狼狽えっぷりは中々見応えがあったに違いない。笑われる側としては堪ったもんじゃないが。


「で? その後はどうなったよ」

「お陰様で結婚しましたよ……まあ、形だけっすけどね」


 今も左手の薬指に嵌めている指輪を、そっと触れる。

 よく考えてみれば、織がプロポーズしたその日に、そのまま最後の戦いへともつれ込んでしまったから。彼女とは、夫婦としての生活を過ごしていない。


 思うところがないわけではないが、仕方のないことだと割り切るしかないのだ。

 そんな織の小さな動作を、巫女たちは見逃さない。


 有澄は巫女たちの中でも一番近くで二人を見ていたから、何か言いたそうに気遣わしげな視線を投げてくるけど、結局かける言葉が見つからなかったのだろう。

 ガサツに見えるクローディアですら、ここで揶揄うようなことを言わない。


 世界を変える。その影響と、責任。

 織一人が背負うには重すぎるそれを、同じく世界に影響を及ぼすほどの巫女たちは、そのカケラだけだとしても理解してやれるのだ。


「形だけだとしても、それが嘘ということにはならない」


 湿っぽい空気を払拭したのは、眠たげな目のエリナ。対照的にはっきりと通る声は、織の耳から胸へと浸透していく。


「あなたが記憶していれば、時間は繋がり、決して嘘になることはない。違う?」

「……いや、違わないな」


 覚えているのは織だけじゃない。

 朱音も、凪も、冴子も。転生者たちやグレイだって、あの世界のことを覚えている。

 記憶し続ける限り、時間は未来へ繋がる。


 とても短い時間だったとしても、桐生織と桐原愛美が結ばれたあの時は、嘘になんてならない。


 なにより、この世界でもまた、彼女と巡り会えた。

 ならば織と愛美の二人には、これから先の未来がある。誰にも分からない、どこにも記録されていない未来が。


「ありがと、エリナさん。気分が晴れた」

「別に」


 ふいとそっぽを向いてしまったエリナは、もしかして照れてるのだろうか。眠たげな表情から変わらないから分からないが、チラと見えた耳は少し赤くなっていた。


「おうおう織、えらく美人さんに囲まれてるじゃねえか」

「酒臭……」


 織と巫女たちの間に割って入って来たのは、蒼たちに軽く付き合ってたせいでかなり酔いが回っている凪だ。

 顔は赤らんでいるものの、足取りはしっかりしたもの。


 他のメンツもそうなのだが、アルコールを魔力コントロールでどうにかしよう、とは思わないのだろうか。

 まあ、せっかくの酒の席でそんなことをすれば、興醒めなのかもしれないが。


「悪いなお嬢ちゃんたち。こいつ借りるぜ」

「どうぞどうぞ。折角ですから、家族水入らずで」


 有澄に笑顔で見送られ、織は酔っ払いのおっさんに半ば引きずられるようにして、喧騒から少し離れたカウンター席に座る。

 自分の父親とは言え、どうせならこんな酔っ払いよりも、美人に囲まれてる方が良かった。なんて思ってしまうのは、織がまだ思春期を抜け出せていないからか。

 こんな思考、朱音や愛美にバレたら怒られてしまう。


 カウンターの向こうでは、龍がグラスにワインを注いでいた。朱音にプレゼントを渡していたが、その後に凪に呼ばれたのだろう。

 それを織の前に出されて、思わず目の前の怜悧な顔を見返す。


 どうでもいいけど、酒を注ぐ龍はサマになりすぎてる。バーテンダーとか絶対似合う。


「俺まだ未成年なんすけど」

「この国では十八から飲酒可能だ」

「そういう問題なのか……」


 まあ、元の世界でも十八から酒が飲めたりタバコが吸えたりする国はあるだろうし、法律的には問題ないのだろうけど。


「このワインはアルコール度数も高くない。限りなくジュースに近いからな。一度くらいは、父親と酒を飲み交わすもんだぞ」

「まあ、それなら……」


 渋々ながらも受け取ったのを見て、龍は蒼たち酔っ払いどもの方へ戻っていった。

 その中には笑顔の朱音もいて、織はつい微笑んでしまう。


「この可能性は、俺でも見えなかったよ」


 同じ方を見ていた凪が、しみじみと呟いた。龍に出されたワイングラスを掲げていて、織もそれに応えて軽く触れ合わせる。

 チン、と掻き消えそうなほどに小さくなった音。恐る恐る飲んでみれば、なるほどたしかに、龍の言う通りジュースと変わらない。

 アルコール特有の飲みにくさのようなものはあまり感じず、スッと喉を通った。


「まさかこうして、お前と酒を飲める日が来るなんてな」

「本当なら、後一年は我慢して欲しかったとこだよ」

「まあそう言うな。父親ってのは、息子と酒を飲みたいと思うもんなんだ」


 旧世界において、桐生凪は息子が成人するよりも前に死んでしまう。朱音や凪本人が観測した限りでは、ひとつの例外もなく。


 それでも今日、こうして二人、戦いとは無縁のこの時間を。平穏な未来を手に入れた。

 凪の千里眼ですら見えなかった可能性を。


「どうだ、新しい世界は。上手くやっていけてるか?」

「ボチボチ。仕事はなかなか来ないし、愛美からは不審者扱いされるし。でもまあ、朱音が幸せそうだからな。父さんこそ、仕事ちゃんとあるのかよ」

「当然だろ。俺があの街で何年事務所構えてると思ってるんだ。その辺は、世界が変わっても何も変わってねえさ」


 織の記憶にある、父の大きな背中。街の人たちから頼りにされる探偵は、時に便利屋のような仕事まで請け負っていた。

 探偵のやることじゃないと思いはしていたが、それだって凪が周りから信頼されてるからこそだ。


 そんな探偵になりたいと、いつも憧れていた。けれど、凪のようにならなくていいんだと、織は織らしく、探偵というものに向き合えばいいのだと。

 他の誰でもない、彼女が教えてくれた。


「俺もまずは、不審者扱いから抜け出すところからか」

「信頼ってのは時間をかけて積み上げていくもんだ。その上お前はまだまだ駆け出し。これからだよ」

「父さんも、最初は大変だったのか?」

「そりゃ大変だったさ。基本的に大多数の人たちにとって、探偵なんてのはフィクションの中の存在だ。現実にいたらまず胡散臭い」


 そう言って笑う姿は、なるほど確かに、胡散臭さ満載だ。

 恐らくは凪個人の振る舞い方や話し方にも起因すると思うのだが、織は口を噤む。なにせ今の愛美たちも、織をそういう風に見ているかも知れないのだから。


「その上、具体的にどんな依頼をすればいいのか分からない、って人も多いからな」

「それで仕事を選ばなかった結果、便利屋みたいな扱いになったってことか」

「そういうこと」


 結局は時間の問題なのだ。いかにしてあの街の人たちに受け入れられるか。信頼されるか。探偵なんて仕事は、結局そこに懸かっている。


「まあ頑張れよ。お前は一人じゃないんだ。朱音がいるし、俺や冴子だって、龍にルークもいる。なにかあったら、俺たちに頼れ」

「そうさせてもらう」


 一人じゃなにもできない。

 その弱さは、旧世界で嫌というほど思い知った。だから、遠慮なく頼る。家族に、仲間に。それはきっと、凪ではできなかったやり方だ。

 自分の弱さを知っている織だからこそ、誰かに頼るという方法を知っている。


「でもまずは、愛美ちゃんのことからだろ? その辺どうするつもりなんだ? ん? ほれ、父さんに言ってみ?」

「言うわけないだろこの酔っ払い!」


 鬱陶しく詰め寄ってくる酒臭い父親を、織は邪険に押しのける。

 でも、今こうやって話せていることが、なんだか無性に嬉しくて。凪にはバレないよう、こっそりと微笑んだ。



 ◆



 ドラグニアで戦勝会兼朱音の誕生日会をしてもらい、しっかり一週間滞在して観光やらなんやらと楽しんだ後。

 元の世界に戻ってきたのは、そろそろ夕方に差し掛かる時間だった。


「随分とご機嫌だな、ルーサー」

「まあね。龍さんたちに、新しい銃もらえたもん」


 肩に乗ったミニチュア吸血鬼が言えば、娘は語尾に音符がつきそうなほど上機嫌に答えた。スキップすらしてしまいそうだ。

 そんな朱音の髪には、織が誕生日プレゼントとして贈った髪飾りが。


 年頃の少女に誕生日プレゼントなんて、経験の少ない織はなにを贈ればいいのかかなり悩んだのだが。

 結局、愛美に渡した指輪を作った時の鉱石が残っていたので、それを加工して髪飾りにした。そちらもかなり喜んでくれていたのだが、ご覧の通り龍たち転生者組からのプレゼントの方がお気に入りの様子。


「だってスナイパーライフルだよ? かっこいいし羨ましいでしょ」

「この世界では不要なものだろう」

「もしもの時があるかもしれないじゃん。それに、ドラグニアで何か起こったら、私たちも助けに行かないと」

「お人好しなやつめ」


 そう、この世界ではもう必要ないもの。

 戦いのない、この世界では。


 それが必要な時が来るとすれば、朱音の言ったようにドラグニアで異変が起こり、その手助けに向かう時くらいだろう。

 あるいはその影響が、この世界まで広がってしまった時か。


 なんにせよ、本当なら必要とされない方がいいものだ。もっと言えば、朱音にはそのプレゼントに対して難色を示して欲しかったのだが。ずっと戦いと共にあった人生を思えば、アクセサリーや雑貨などよりも、よほど嬉しいのかもしれない。


 などと話していたら、事務所の前までたどり着いた。

 しかしそこに立っていた少女を見て、織は思わず声を漏らしてしまう。


「げっ……」

「随分な反応ね、探偵さん?」


 旧世界では大切な家族で、今はその全てを忘れてしまった少女。桐原愛美。

 グレイはバレないように織の胸ポケットへ忍び込み、朱音は笑顔で愛美へと駆け寄った。


「か──愛美さん、来てたんですね!」

「ええ、こんにちは朱音」


 危うく母さんと呼びそうになった朱音に、愛美は笑顔で応じる。こうして見ると、やはりとてもよく似た二人だ。

 それが愛美の警戒を助長させているのだろうが、本当のことを話すわけにもいかない。


 これで四度目の邂逅にも関わらず溢れてくる気持ちを押さえつけ、織も愛美へ声をかけた。


「よう、今日はどうしたよ。いい加減、依頼の一つでも持ってきてくれたか?」

「そんなものないわよ。私はまだ、あんたのことを信じたわけじゃないから。ていうか、一週間もどこに行ってたわけ?」

「兄妹水入らずで旅行。朱音の誕生日だったからな」

「あら、そうなの?」

「うんっ! 6日が誕生日だったよ!」

「それはおめでとう。ごめんなさいね、知ってたらプレゼントを用意してたんだけど」


 疑っている割には、こういうところで優しさが垣間見える。

 やはり世界が変わっても、桐原愛美という少女は何も変わらない。


「それで? 結局なにしに来たんだ? まさかまた、お茶しにきただけってわけじゃないだろうな。その割には桃がいないけど」

「違うわよ。その桃の提案で、ちょっとしたお誘いをしに来たの」

「お誘い?」


 朱音と揃って首を傾げていれば、愛美はニヤリと口元を釣り上げる。

 まるで獲物を追い詰めた狩人のように。


「私の家でお花見するの。お父さんに挨拶するのも兼ねて、来てくれるわよね、探偵さん?」


 ああ、その笑顔は本当に、あの頃となにも変わっていない。

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