第2話 採用


「君達、面接お疲れ様。さあ、社員寮に案内するよ」

 面接のために通された大部屋から出て少し歩いたところで、ロンド達三人はそう声を掛けられた。

 山奥にまるで隠れるようにして建てられたこの社屋は、こじんまりとしていた外観そのままの内装をしていて、その灰色の色合いの所々からどこか陰気臭い空気が這い出ているかのようだった。先程までいた大部屋の扉には『会議室』と札が掛かっており、そこから入り口まで伸びる一本道の廊下はやや狭い。入り口自体がかろうじて自動扉を設置したたけの貧相なものだったので、そこらへんのバランスは取れていると思うべきだろうか。

 建物の造り的に二階もあるのだろうが、ロンド達が足を踏み込んだここ一階には、会議室以外には事務作業をしているのであろう事務所があるだけのようだが、すりガラスの扉に邪魔されて中を窺うことは出来なかった。

 声を掛けて来た相手は、作業着姿の若い男だった。彼はどうやら、会社の入り口の方向から来たらしい。外から入って来たということは、この会社の従業員――つまり先輩ということになるだろう。

 濃い青色の作業着の胸には銀色の刺繍で『格安メガフレアサービス』の文字がある。ロンド達里の者と同じく、彼も人間の姿に擬態していた。

 ドラコニアンの擬態には特徴があり、まず自身の鱗の色合いがそのまま人の姿をとった時の髪色となる。瞳の色はそのままで、赤みがかった肌の色合いには年齢が露骨に出るため、女性達は特に気にしているようだ。ちなみに何故赤みがかるのかというと、普段の姿――二足歩行のトカゲのような状態だ――の腹まわりの色合いがそのまま出るためだ。人間から言わせたら『照れているような赤み』らしい。

 廊下を抜けた玄関の部分にて手招きする男に近寄る三人。向かい合った男は、ロンドとほとんど身長は変わらなかった。擬態時の身長は普段の姿から尻尾の部分をそのまま引いた全長と同じなので、擬態による誤魔化しは効かない。ちなみに三人の中ではロンドが一番背が高く、ポルカとジーグは少し小柄だった。それでもロンドだってそこまで高身長の部類ではないのだが。

 淀んだ青の瞳に光はないが、その顔つき自体は穏やかそうだ。暗い色合いの赤の髪から、彼は炎系の血筋のドラコニアンであることがわかる。ロンドと同じ祖先ということになるのだろうか。里の住民達はそれなりに多いので、知らない顔と会社で同僚になるのは充分に考えられることだ。人間達の街で言うなら、『〇〇町』といった単位が当て嵌まるだろうか。

「……本当に今日から、もう……社員、なんですか?」

 会議室を出てすぐ、三人の携帯電話――とドラコニアンの間では呼んでいるが、人間達が使っている純度百パーセントの機械の塊とは根本の原理が違うであろうことは明白な連絡端末――には立て続けに『採用』の連絡が、扉の向こうにいる声の主によって伝えられていた。

 その電話にてロンド達は、晴れて『格安メガフレアサービス』の正社員となったのだ。魔力の流れによる雑音が混ざる着信は、ロンド、ポルカ、ジーグの順に掛かって来た。

 『就活のマナー本』を漏れなく読み込んでいたロンドは、その着信が意味する喜びの余り「採用の連絡は早ければ早い程逃がしたくない人材だって思われたってことだ」と口に出してしまっていた。そのせいでそれからジーグの視線が痛いのだが、それよりもロンドには先輩であろう目の前の男に確認しておかなければならないことがあった。

「社長から連絡があっただろ? 俺には君達三人を採用したから、今夜から入れるように社員寮に案内しろとしか言われてないよ? 何か不満かな?」

「いえ、あの……荷物は、どうしたら良いですか? 僕達、泊りの用意とかしていないんですけど……」

「あー、それなら大丈夫。社員寮は帰り道の途中にあるからさ。場所だけ案内して、それから君達の家に車で向かおう。俺の営業車だから座り心地は良くないけど、荷物はたくさん載せれるからね」

 彼はそう言いながら作業着のポケットから車のキーを取り出した。器用に指先で回しながら、ロンド達に付いて来るように示す。

「あの、これから……い、今すぐ、順番に私達の家に向かうんですか?」

 ポルカが慌ててその背中に問い掛けるが、彼は不思議そうに振り返ると「そうだよ。募集要項にも書いてたよね? “即戦力求ム”って。わかったら親御さんに連絡するなりは車内でね。時は金なりだ。さあ、行こう」

「それって、そういう意味っ!?」

 情けない声でそう唸ったジーグに、この時ばかりはロンドも同じ思いを感じるのだった。





 『格安メガフレアサービス』の営業車は、どこからどう見ても普通の、何の変哲もない営業車だった。白のボディカラーも、その車種が一般的に言うところのバンなのも、タイヤが四つついているのも、ドアが四枚ついているのも、トランクがやや広いスペースなのも。

 そして、その車の動力は『魔力』であった。正確には、人間の世界で流通しているであろう“機械仕掛け”ではないのだ。ボディ<外見>だけを拾ってきて、そこにドラコニアンの魔力のひとつである『炎』の魔力を詰め込んだのだ。

 ドラコニアンには大きく分けて三種類の血統があり、それぞれに得意な魔力属性が異なる。炎、氷、雷の三種類で、身体を包む鱗の色合いにも直結するその血統は、属性の種類こそ少ないが、そこから幾多にも派生する『昇華』の違いにより、数々の『家系』が生まれることになった。

 この営業車を動かす男――名前をガルディアと言った――の魔力は、属性が『炎』、そして昇華の派生が『炎駆』であった。この魔力は炎の熱を利用して、対象を動かすエネルギーを生み出すことが出来る。

 人間達が造り出した機械の外見をそのまま流用し、その内部構造を電力ではなく強引に魔力で動かす力技である。ロンド達が持つ携帯電話は雷の魔力の『雷駆』を使うのだが、車等の大きな物には炎の属性の方が相性が良いようだった。

 燃料を燃やすわけでも、汚い煙を吐き出すわけでもない魔力によって動く車は、駆動音だけはそれらしい音を立てながら――どうやら魔力が機体を巡る音らしい――社員寮に向かっていた。

「とりあえず前を通るだけで、そのまままずはロンド君の家に向かうよ。問題ないよね?」

「はい。荷物纏める時間だけくれればそれで大丈夫です。なんだったら、僕を降ろしてもらって、どこかで合流しても良いですよ」

 助手席に座らされたロンドは、隣で運転しているガルディアにそう提案したが、彼は「んー」と唸ってから、何かを誤魔化すように薄く笑う。その目はどういうわけか、ミラー越しに後部座席に座るジーグを見ているようだった。

「いや、順番に行こう。待っている間に少しでも親睦を深められると嬉しいからね」

 そう後ろに向かってミラー越しに笑い掛ける先輩に、ジーグだけでなくその隣に座るポルカも苦笑いをしてしまっていた。

「あの……女子寮って、あるんですよね?」

 おずおず、といった様子で尋ねるポルカの様子に、ロンドは彼女の心境をようやく察した。

――男ばっかりじゃ不安だよな。せめてベテランの事務さんと一緒なら……

「もちろん! 男女別どころか、うちは社員寮は全員個室だからね。しっかり休養出来るよ。寝に帰る場所で安眠出来ないなんて、そんな馬鹿なことはないから安心してね」

「それなら、良かったです」

 ほっと胸を撫で下ろしたポルカに、ロンドも少し安心する。その隣で相変わらずジーグが難しい顔をして俯いているのには、敢えて突っ込まないようにした。

 昔からプライドの高い嫌味な奴だったので、どうせ先輩の態度に苛立っているのだ……と、この時のロンドは本気でそう考えていたのだった。

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