貴方の戦場にドドンと炸裂! 格安メガフレアサービスです。

けい

第1話 面接


 人間達が覇権を争う大陸西部の山奥。深い深い山を越えたその奥に、竜の里と呼ばれる隠れ里がある。

 その隠れ里――から通勤用の大型バスに乗り込み、舗装のされていない山道を揺られること一時間半。そこに『格安メガフレアサービス』はあった。

 設立からまだ半年という出来立てほやほやのこの会社。他に支店は存在せず、この山の奥にぽつんと建てられたこじんまりとした建物が、正真正銘の本社である。

 戦場から、ましてや人里からも車で数日は掛かる辺境だ。だがこの立地条件こそが、傭兵として働くこの会社の社員にとっては、なによりも都合が良いのだった。

 この会社の従業員は、創設者である社長以外は全て隠れ里のドラコニアンだ。

 ドラコニアンは竜族の血を引く亜人種で、二足歩行のトカゲのような見た目をしている。太古からの生き残りであり、使う言語は人間からしたら古代語というものらしい。

 人間達はもうこの世に、言語を操る人型の種族は自分達以外存在していないと本気で思っているらしく、昔外の世界を夢見て旅に出た青年が満身創痍で戻ってからというもの、里の者達はたとえ里の中であろうと、少しでも敵意を持たれないようにと、人間の姿へと魔力を使って擬態するようになっていた。

 それ程までに人間を恐れ、そして彼等の侵略が決して楽観視出来ない問題として里の者達は考えたのだ。いつ何時、この地を攻めてくるかわからない。これまでも最寄りの人間の集落へと、姿を偽って物を仕入れにいく者はいた。全てをこの里の中で賄うには、やはり限界があるためだ。衣服等、手先の器用さのいる作業は、やはり人間達の技術の方が格段に上だ。

 しかしその事件があってからは、そういった必要最低限の物のみを残し、一部の商人の家系の者達だけに任せられるようになった。彼等はその仕事故に大陸共通語もある程度は理解している。

 そんな生活が続いて三百年程が経った。集落に、ある一人の人間が訪れる。

 彼は言った。大陸共通語ではなく古代語だった。

「いつまでこんな時代錯誤な生活をしてるんだ? 俺についてきたらもっと贅沢な暮らしが出来るぜ? 大陸共通の貨幣で支払ってやるから、俺の元で働け」

 最初は難色を示していた里の者達だったが、彼の口車と熱意に負けて、結局は働き盛りの男達のほとんどと、事務職員として数名の女性達が労働力として男と契約することになった。

 男は人間だった。しかしその半分はドラゴンの血が流れていた。その事実が、この閉鎖的な里の者達の心を、どういうわけか強く響かせたのだった。








「はい、というわけで、これから面接を始めます。俺がこの会社の社長です。えーっと、俺の名前わかってる?」

 気だるげに席についた中年の男がそう言った。『面接官』というプレートが前に置かれたテーブルには、今回の面接に来たドラコニアン達の履歴書が無造作に置かれている。

 今は『格安メガフレアサービス』の面接中だ。ほとんど部屋着みたいな恰好の男を前に、ロンド達三人のドラコニアンが硬い表情で椅子に掛けている。

 男は無気力に見えるのに、何故か圧力が半端ない。ごくりと生唾を呑むロンドの横で、緊張した面持ちのポルカがぎこちない動作で何度か頷いた。その横で里一番の商人の息子のジーグが、さっと俯いたのが見えた。

 面接を直々に担当する『格安メガフレアサービス』の社長は、淀んだ金色の瞳を細めながら敢えてジーグを無視。ポルカに笑顔を向けて、その答えを促す。

「はい! ディリゲント・バレンタイン社長です。本日はよろしくお願い致します」

「うん……ま、自分が入る会社の社長の名前くらいは調べとかないとね。これ取引先だったら終わってたよねー」

 履歴書に目すら落とさずそう言う社長に、ジーグの顔色がおもしろい程に変わっていくのが見える。彼は今まで親の過保護のせいで、周囲の者達から怒られるということは全く無かったはずだ。一般人代表のようなロンドやポルカとは、家庭環境が違う。

 ロンドはこの日のために人間社会で常識と言われる『就活のマナー本』を読み漁り、それを幼馴染の――実はちょっと気になってる――ポルカにも勧めていた。会社概要を熟読していくのは、その本に書いてある『常識』だった。

「……すみません」

 プライドの高い彼にしては珍しく素直に謝った。そのことに驚きを隠せないロンドに、社長の視線が突き刺さる。

「いいよ。べつに……それで、ロンド君だっけ? 君は“外回り”希望みたいだけど、『炎色彩検定』は持って……ないのか。取る気ある?」

「はい! もちろんです!」

「ならいいや。年末の試験で絶対取ってね。うちは他社にはない『特色メガフレア』がウリだからさ。職人さんが免許持ってませんでしたーなんて笑えないからね」

「……はい」

「ジーグ君は、へー、経理志望なんだ? でもごめんね、うちは新人の男の子にはまず外回りしてもらうんだよね。そこから適正見ていくからさ」

「……そう、ですか」

「大丈夫大丈夫! 優しい先輩が付くし、正直こっちの方が給料も良いし。現場を知ってから中に入る方が、また見る目が変わってくると思うしオススメ。慣れるまで重労働もないし、ほんと、慣れるまでの辛抱だよ」

「……わ、わかりました」

「うんうん。やっぱり男の子はいろいろ経験しないとね。えーと、女の子はポルカさんか。ポルカさんは電話応対をお願いする形になるかな。うちはほんと、今凄く売り出し中だからね。バンバン仕事受けてもらうよ」

 具体的な仕事の内容の時だけ饒舌になる社長を見て、ロンドは『社会人の大人って、やっぱり仕事の話する時は空気が変わるんだなぁ』と考えていた。

「俺の中では君達ほとんど採用なんだけど、君達から何か質問とかある?」

 採用という言葉で頭が浮かれそうになったロンドだが、求人情報にて気になっていたことを聞くなら今しかないと手を挙げる。隣でポルカもおずおずと手を挙げている。その隣のジーグはニヤニヤと笑っているだけだった。

「何かな? ロンド君。社長が答えるんだ。嘘偽りは無しだよ」

「えっと、月々の残業代がその……けっこうありそうな記述なんですが、それは……?」

 ロンドの問い掛けに、社長はふぅっと長い溜め息をついた。それはもうわざとらしいぐらいに大袈裟に。

「本音を言うと、残業は……有る。どうしても今が会社としても踏ん張り時で、従業員の皆には本当によくやってもらってると思ってる。感謝している。でもその努力によってこの会社は今よりもっと確実に大きくなるんだ。そうすれば皆定時で帰れるようにもなるし、ボーナスだってどんどん渡せる。会社はこれから大人になるんだ。その輝かしい一歩を一緒に歩き出さないか?」

 淀んでいた瞳にキラキラとした何かが浮かんでいるが、ロンドにはそれがどうにも本当の意味での輝きには思えなかった。社長も、思っていた反応がロンドから得られないからか、すぐに視線をポルカに向ける。

「ポルカさんは、何を聞きたいのかな?」

「私は仕事内容のことで……内容が電話応対と人員の配備、書類作成等の雑務となっているんですが……資格がなくても問題はないんですか?」

「うちはみんな真っ新な状態から皆で成長してきた会社だからね。資格がなくても出来るようにちゃんとマニュアル化しているから大丈夫だよ。それに凄いベテランの事務員さんがいるから、その人を頼れば良いから」

「……ベテランさんがいるんですね。それだったら安心です」

「うん。ちょうど年の近い子はいろいろあって辞めちゃったんだけど、ベテランさんがいるから大丈夫だよ」

「……え?」

 不穏な一言を聞き逃せなかったポルカの顔が青ざめたが、もう後の祭り。

「それじゃ、明日から頼むよ皆! 解散」


 

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