【PV五万突破企画!】フクザツナカテイらしいのに親友がいて幸せな件

 ウチには、お父さんがいない。お母さんに聞いても話したくないっていうし、おばあちゃんもおじいちゃんも教えてくれない。


 小学校での「父の日の作文」については、おじいちゃんについて書けばいいと先生が言ってくれたので、困ることは何もない。


「カオリちゃんのお父さんは、どんなお仕事してるの?」


 ある日、いつも一緒に遊んでいる子が聞いてきた。私は、どうこたえようと迷っていたが、公園まで迎えに来ていたその子のお母さんが


「ごめんね、うちの子が変なことを聞いちゃって。」


 と言ってきた。


 変なことって何だろう?一緒に遊んでいる相手の事、その家族の事、もっといろんなことを知りたいと思うのは変なことなんだろうか。


 そして、離れていくその子と、そのお母さんがこう話しているのが聞こえてきた。


「あの子の家はフクザツナカテイなのよ。お父さんについてとか聞いたらだめだからね。」


 フクザツナカテイってなんだろう。その子とやっていた、少し退屈なおままごとの後の砂場が、本当にただの砂に見えた。


 そうだ、明日、親友のあいつに聞いてみよう。





 ある日ウチが公園の遊具の飛び移りに失敗し、落っこちて以来、一緒に遊んできた親友がいる。名前はカヅキ。男のくせにナヨっとしていて、それでいてどんなことにも付き合ってくれるやつだ。


「なぁカヅキ。こないだチヨちゃんのお母さんが言っていたんだけど、フクザツナカテイってなんだ?」


「カオリ、そんなことも知らないのか?フクザツっていうのは、こんがらがった、って意味で、カテイ、っていうのは家って意味だぞ!」


 そうなのか。カヅキはたまに物知りで、たまにもの知らずだ。今回は「知っている」方が出たのだろう。


「じゃあ、ウチの家はこんがらがっているってことか?」


「別にお前んち、そんなに変な形でも迷路でもないだろ。」


 チヨちゃんのお母さんが何か勘違いでもしていたのだろう。


「それよりカヅキ、『サイコハザード』の映画が出たって知ってるか?」


 カヅキと初めて会った日に、好きなシーンを真似しようとしていた映画だ。


「知ってるけど、あれ、18歳以上しか見に行っちゃいけないんだろ?俺たちダメじゃん。」


「いいか、規則は、破るためにあるっ!」


 たまにエロい本をばあちゃんに見つかって逆エビ折り?をされているじいちゃんが言っていた。


「それ絶対ダメな奴……。」


 カヅキが何かぼやいているが、ウチには何も聞こえなかった。





 放課後、ランドセルをカヅキの家において映画館へ行くと、やっぱりサイコハザードは混んでいた。人気作だし、監督もすごい人らしい。


「カオリ、さすがにこんなかに入るのは無理だろ。」


 シアターの入り口では係の人がきちんと年齢を確認している。あれを潜り抜けるのは難しそうだ。


「なあカヅキ、知ってるか?排気口って、中にも、トイレにもあるらしいぜ。」


「嫌に決まってるだろ。」


 反抗するカヅキは悪い子だ。


 おばあちゃんがおじいちゃんにやっていたように指を持ってくるりと回すと、そのままカヅキは


「やる!やりますから助けて!」


 と叫んだ。それを言っているのをきいたら、一気に反対側へ!


「ぐぎゃっ!」


 カヅキが倒れた。これは意外と気持ちいい。特に、手に響く感触とか。


 ちなみに、これをやらずに手を離すと、カヅキはほぼ確実に、


「いつ俺がそんなこと言ったよ!何年何月何日、何時何分何秒、地球が何週回った時だ!」


 と言ってくる。ある時、変な腕時計をつけた中学生のくせに金髪のお姉ちゃんが、


「日本標準時西暦2009年5月18日15時49分21秒、地球の定義によっても変わるが、回った回数は1,669,158,225,989.59回のはずだけど、そこのショタっ子は今の数字を答えられるのかい?」


 と言って消えた、という出来事が起きてからはあまり言わなくなったが。


「また指折れたよ!これで三回目だからな!」


 指なんてこんだけ細い棒なんだ。もう少し折れていたところで誰も何も言うまい。


 さてサイコハザードを見るためにトイレの排気口によじ登り、かなりキャラメルポップコーン臭い通路を匍匐前進で進んでいく。


「おい、ここ、違う映画やっているところじゃないか。」


 テレビの広告では、なぜかモザイクがかかっていたところが鮮明に映し出されている。


「おいカオリ、これは俺らが見たらダメな奴だって!」


 後ろから文句を言ってくるカヅキは、踏んでほしそうに顔をこちらに向けていたので、失礼することにした。


「ここだよ、ここ!」


 ようやく、サイコハザードがやっているところまでたどり着いた。もうそろそろ終盤じゃねえか。


「あんたが一連の事件の犯人だったんだな、父さん!」


 画面の中の主人公が銃を構えて叫ぶ。あれ、スーパーとかで売っていないかな。


 そして、しばらくすると、主人公とその父親が戦い始める。お、あの技かっこいいな。今度カヅキにかけてみよう。


 そしてやがて追い詰められた主人公の父親は薬を注射し、巨大ゾンビになる。


「おいカヅキ、なに目を閉じてるんだ?もしかしてビビってるのか?」


「そりゃそうだろ!っていうかなんでそんなに大量の血が出てくるやつを平気で見ていられるんだよ!」


 あれってケチャップの仲間みたいなもんだろ?たくさんで、とってもおいしい、みたいな。


 さて、そんなカヅキ君にちょっとドッキリを仕掛けてあげることにした。


「おいカヅキ、もう血が出るシーン終わったぞ。」


「嘘つけ!銃の音が聞こえてきてるじゃないか!」


「いいからめぇあけろよ。これを撃つぞ。」


 近くのドンキで売っていた、18歳以上対象のBBショットガンを頭に突きつける。改造で15倍の威力にしてある奴だ。


「それ、さっき電柱に穴開けてなかった?」


「気のせい気のせい。目を開ければ誰も撃たれずに済む。」


 カヅキがしぶしぶといった感じで目を開けたとき、二つの出来事が連続して起きた。


 一つ目に、主人公が隠し持っていたウチのと同じ型のショットガンで父親ゾンビの頭を粉々にしたこと。もちろん大量のケチャップが飛び出る。


 二つ目に、それを見たウチが本能に逆らえず引き金を引いたこと。そのせいで、ケチャップこそ出していないが、カヅキが排気口のダクトから転げ落ちた。


 グワシャアァン。


 下で轟音がしたが、そんなことはどうでもいい。


 ……ってあれ?映画の続きが映っていない。と、下を見ると、映像用の機械の上でカヅキがピクピクしている。あれを壊したから映像が止まったのか。なんてやつだ。


 って、あれは!


 下には、ウチらの担任の田中先生がいた。先生とヤクザを足して二で割ったような人で、情にもろいが物理は最強。


 目をはらしているところを見ると、主人公が父親と戦うところで泣いたが、そのあとのケチャップで満足したってところだろう。


 カヅキが首根っこを掴んで立たされる。


「あれぇ?いつもの問題児カップルの男の方じゃん。ってことは、上に女の方がいるね?」


 誰がカップルだ!そう反論する余地などどこにもない。今は逃げろ!


 方向転換をして匍匐前進を始めたとき、足をガシッと掴まれた。


「恥ずかしがらずに出ておいでー!」


 ズーリ、ズーリと引きずられて、下に落とされる。ここ高さ5メートルとかだぞ?人を落とすなんて正気か?


「あんたらねぇ、どうせまた山田カオリの方の仕業だろ!?」


 田中先生が説教をしようとしたとき、


「すみませんでした!」


 カヅキが急に頭をさげた。


「俺がカオリを誘ったんです、カオリを責めないでやってください!」


 え……。


 カヅキが、ウチをかばった?


「ったく、しゃーねーなー。映写機の費用、少しは出してやるから、きちんと弁償して、映画館の人にごめんなさいするんだぞ。」


 田中先生がそう言った。こちらをちらりと見て。


「す、すみません。ウチがカヅキを引っ張ってきたんだ。悪いのはウチだ!」


「はい、よく言えました。仕方ないからもう少し助けてやるか。」


 田中先生はそういって駆け付けた映画館の人と話し始めた。


「なあカヅキ。ごめん。」


「いいよ、俺らは友達だろ?」


「あ、ああ……。」


 なんだろうか。何かが違う気がしていたが、そのことばに頷いた。


 カヅキのお母さんがやってきて、ミンチにされかけた後、うちらが払うことになった五万円をさっと出した。田中先生にもお金を出そうとしていたが断られていた。


「でもさ、今日はいろいろあったけど楽しかったよな。」


 珍しくカヅキがそう言ってきたので、ウチも


「そうだな。」


 とかえしてやった。





 さて、それからしばらくたったころ、道徳の授業で「幸せってなんだ?」という問いがやってきた。こういうむずむずするのは苦手だ。


「おいカヅキ、チョイ写させてくれ。」


 カヅキのプリントを覗き込もうとするが、


「嫌に決まってるだろ。」


 と隠されてしまった。薄情な奴だ。


 そこで、良いことを思いついた。ここでもし、「親友と過ごす時間が一番幸せです。」とかって書いたら、カヅキの奴めちゃくちゃ恥ずかしがるに違いない。


 それでも一応、他の奴らがどんなことを書いているのか前の奴のを覗き込んでみると、「お父さん、お母さんと遊んでいるときが幸せです。」と書いてあった。


「あの子の家はフクザツナカテイなのよ。」


 なぜか今、その言葉がよみがえってくる。フクザツナカテイなら、その子やその子の周りのことをもっと知りたいと思ってはいけないのだろうか。ウチは気にしていないのに、一方的に気にされるのも変な気分だ。


「なあカヅキ。」


「なんだよ、今授業中だぞ。」


「おまえって、ウチのお父さんについてとか聞かないのか?」


「そういや、気にしたことなかったな。なにしてるんだ?」


 ……まじか。こいつ、能天気な奴だとは思っていたが、ここまでとは。


「いや、実はうちにお父さんいないらしいんだわ。」


「そうか、そういう奴もいるのな。」


 なんか、あっさりしてるなぁ。


「でも、ウチには親友がいるからいいんだけどな。」


「はぁ?何言ってるんだお前。」


 カヅキは頭の上にはてなを並べていたが、ウチがいいと思ったのでもういい。


「どうしたカオリ、ぼーっとして。」


「いや、書く内容はもう決まったからな。」


「へぇ。なんて書くんだ?」


「じゃあ、お前も見せろ。せーので行くぞ。」


 と、そんなことを言ってもカヅキが自分だけ見せてくれないのは知っているので、口でだけ「せーの!」と言ってカヅキのを奪い取る。しまった!カヅキも同じことを考えていたらしい。


「「親友と過ごす時間が一番幸せです。」」


 ……なんだよ、同じこと書いてるんじゃねえか。


「さてさて、今日もお熱いなぁ、クソカップルども。」


 殺気のような何かを背中から感じる。


「そんなに一緒にいるのが好きなら、その状態で五時間ぐらいの説教フルコースと行こうや。」


 クッソ、これ、教師を名乗るやつが出していい殺気じゃねぇだろ。


「ほら、あとで職員室こいやゴラァ!」


 ウチもカヅキも、お互いのことは見捨てて一目散に逃げ出した。

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