【PV四万突破企画!】もう高校生になったはずなのに、男子と話せなすぎる件

「そういえばレイナ、お前最初、男子が苦手、みたいな話をしていなかったっけ?」


 お姉様……いや、今日は休日なのでお兄さまなお姉さまが声をかけてくださった。


「そんなこと忘れて今はお姉さま一筋ですわぁ!」


 おかわいいカヅキお姉さまにお声かけいただいたので、今日も一日がんばれそうだ。まずはお姉様から(勝手に)いただいた思い出のお姉さまグッズたちをしゃぶり掃除するところからだ。


「いや、そうじゃなくて、お前がなんか嫌なことがあって男子が苦手なら、そういったことだけでも避けようと思ってさ。」


「お優しいカヅキお姉さまのお優しいお気持ちだけいただければ十分ですわぁ!」


 確かにワタクシは、小学校時代、中学校時代と、男と名の付くものをとことん避けてきた。だが最初は、特別に嫌なことがあったなどではなく、純粋に話そうと思えなかったのだ。






 ワタクシが小学生のころ……。


「レイナ、男というのは逃がさないようにするものよ。」


 それが母からずっと言われ続けていたことだった。母は、ひたすらによくモテる女性で、一年の大半を外泊と出張で家を空ける。


「でも、逃がさないって、どういうこと?」


「例えば、しゃべり方をかわいくしてみるとかどうかしら?たしか私の183人目の旦那が、しゃべり方が可愛い人が好きって言ってたわよ。」


 ワタクシには戸籍上の「お父様」がたくさんいるらしい。当時は、コセキって何だろうぐらいにしか思っていなかったが、今になって考えると相当ヤバいことがわかる。


「お母様?学校のみんなは、お父様は一人しかいないらしいですわよぉ?」


 早速しゃべり方をかわいいっぽくしてみた。数年前のブルキュアという少女向けブルドッグアニメの女の子の真似である。


「うんうん、その調子よ!


そうね、本来は二人以上作ろうとすると、役人って人が来るのだけど、その人も旦那さんになれば、誰も文句言わないでしょう?」


「よくわからないけれど、お母様はなんだかかっこいいですわぁ!」


「うふふ、あなたにもできるようになるわよ。でも、クズオさんには気を付けるのよ?」


「わかりましたわぁ!」


 その時に聞かされた話を要約すると、クズオさんは、ワタクシたちの大事なお金を持って行こうとしたり、ワタクシたちにひどいことをするらしい。


 ワタクシは、まずは近づく男性を見極めなくてはならないと教わった。


 しかし、これが悲劇の始まりだった。





 数日後、学校に行くと、クラスの男子が旅行に行ったお土産をみんなに配っていた。


「はいこれ、レイナも!」


 配っていたのは葛餅。それも結構いい物らしい。


「ありがとうですわぁ。」


 その葛餅自体はとてもおいしかった。ついでに言うと、お兄様には遠く及ばないが、その子はとてもまっすぐでイケメンで、クラスのまとめ役的な子だった。


「さあみんなぁ!余ったものは公平にじゃんけんで勝った人が食べていいぞー!」


 その子が全員に配り終えた後、教室に声をかける。いつもの給食じゃんけんのごとく、教室の前の方に、ほとんどの男子とよく食べる系女子が集まり、他の人も見物に入る。


「えー、俺らいつも仲良くしているんだし、俺らにくれてもいいじゃーん!」


 いつもその子と一緒に帰っている取り巻きの一人が騒ぎ出す。


「ダメだよー、そんなのは関係なし!恨みっこもなしだからね!」


「えー、これぞほんとのくずもちクズオじゃんかー!」


 その男子はたぶん、冗談のつもりで言ったのだろう。だが、数日前に「クズオ」についてお母様に散々言われたワタクシにとって、こんなにもいい人な彼ですら「クズオ」なら、相当理想を高く持たないといけない、と思わせられるものがあった。


 以降、小学校では男子とは最低限の会話のみをするようになる。





 ワタクシが中学生になるころには、すっかり地域に悪名をとどろかす大物となっていた。もちろん、いろいろな意味で、である。


「あら、男嫌いちゃんじゃない!安心して、今日はうちに主人いないから、コロッケ持って行きな!」


 そう声をかけてくれたのは、肉屋のおばちゃんだ。


「別に嫌いなわけじゃないですわぁ!相手がクズオさんじゃないことをきちんと知ってから交流したいだけですわぁ!」


 これでもワタクシは美形だったらしい。告白されること約三回。すべて手紙で告白されたので、すべて手紙で返信させていただいた。


「お母様ぁ、本当にお返事も手紙でするべきですのぉ?」


「そうに決まっているじゃない。私はいつも告白は直接されているわよ。あなたもまだまだね。」


 いまでこそ、それがお母様に告白する方はいつも指輪を持ってきているというからだということを知ったが、当時はそういうものだと信じ込んでしまっていたのだ。


「でも、クズオさんを近づけないようにするにはそれがいいんですわよねぇ?」


「そうね、まずは直接告白する勇気があるかを見るのよ。先に惚れたりしたら、絶対にろくなことにならないからね!」


「わかりましたわぁ!」


 さて、話題は変わるが、ワタクシはそのころ、いつも優しくしてくれる肉屋のご家族の家によく言っていた。


 奥さんと旦那さん、双子の姉妹の四人家族。双子は小学生のころから少なくともどちらかがクラスが一緒だったため、かなり仲良くなっていた。旦那さんだけはいまだに話す気が起きないが。


 三人は、よく使わなくなった包丁をプレゼントしてくれた。関の名匠がうった業物らしいが、廃棄するのにもコストがかかるらしく、譲ってくれるのだ。


 ワタクシの趣味に刃物研ぎが加わったのはこのころである。





 異変に気が付いたのは中学二年になるころだった。


「お嬢ちゃん、ちょっと交番まで来てくれるかな。」


 ワタクシが刃物の名産、堺の逸品を研ぎながらお散歩をしていた時、運悪くおまわりさんに声をかけられてしまったのだ。


「え、いや、これは、その……。」


 しかも最近は刃物が好きすぎて、全身に刃物を仕込んでいたので、交番はちょっとよろしくない。


「一応、お嬢ちゃんぐらいの年でも、外をそういう危ない物を持って歩かれるとこちらとしても来てもらわないといけなくてね……。」


「な、なんでもありゃましゅぇんわぁ!」


 慌てて逃げてしまった。幸い、お巡りさんが追ってくることはなかったが、それよりも何よりも、自分が男性と会話ができなくなっていることに気が付いた。


「お母様ぁ。ただいま帰りましたわぁ。」


「お、お帰り。」


 「今日のお父さま」は比較的古参であり、今までは話せていたが、急に話そうと思えなくなっていた。この歳にもなるといろいろわかってきて、お母様が「ポリアモリー」と呼ばれる人達のうち、極端な例であるということを知っていた。だが、今までは気にならなかったはずなのに、今日はやたら避けてしまった。


「何かあった?」


 世間的にはよくない目で見られることもあるお母様だが、とてもやさしくいいひとである。


「実は……。」


 今日会ったことを話すと、お母様は泣いて謝った。


「ごめんね、私が余計なことを言っちゃったから、あなたに変に苦労させたわね。」


「大丈夫ですわぁ。」

 ワタクシ的にはお母様を泣かせてしまってごめんなさいだった。


 「今日のお父さま」も気を使って二人にしてくれた。彼が一年のうちにお母様に会えるのはたった7日ほどなのにもかかわらず、である。


「こんなにいい人達に恵まれていながら、男の人と話せないなんてわがまま言ってられませんわぁ!」


 それから先、中学三年の二学期までに、長く使い続けた話し方を無理矢理矯正したが、男の人相手にどもる癖はひどくなってすらいた。


だが……。


「お母様、やっぱりワタクシに共学は無理ですわ……無理です。ごめんなさい……。」


「いいのよ、そんなに何でもかんでも無理をしないで。あなたが安心して通える、女子校にしましょうね。」


「わかりましたわぁ。」


 その約三か月後、私立常楚女子高校に合格、入学という流れになった。





「お、おはよーです!はぁ……はぁ……。」


 ワタクシが席についてカチコチになっていたところに、入学式早々チャイムとともに滑り込んできた方がいた。しかも隣の席だ。


 すらっとした体と、髪の毛と肌の境目がわからないぐらい元気いっぱいに日焼けした、青白くて背が低いワタクシとは対照的な方だ。


「しかも……お美しいっ……。」


 その方に思わず見とれていると、その方はこちらを向いてにかっと笑った。


「ウチは山田カオリな。よろしく!」


「れ、レイナですわ……レイナです。」


 思わず少し素が出てしまったが、カオリさんは変に気にしないでくれた。


「……おまえ、なんか武道か格闘技やってた?特に、武器を使うような。」


「い、いえ、そのようなことは……。」


「あれ、そう?

うーん、ウチも鈍ったかな。」


 一瞬でカバンの中の刃物のことを見抜いてきたかのようだ。カオリさん、めちゃくちゃ強いんじゃないだろうか。


「あ、あの……。」


「うん?なに?」


「お、お姉様とお呼びしてもいいでしょうか……。」


 カオリさんは男じゃないが、お母様が言っていた「逃がさないようにする」べき人だ。


「へっ!?」


 さすがにこんなことを突然言われては誰だって驚く。はぁ、美人の赤面驚き顔は激写したいぐらいかわいい。


「その、お姉様として一生の契りを結んでいただきたく……。」


「ま、まあ、なんでもいいけどさぁ、それならレイナも、変に自分を隠したりするなよな。」


 そこまで見抜かれていたとは……。





 入学式の後、いろいろとカオリお姉さまにこれまでのいきさつを話すと、カオリお姉様のお幼馴染にもワタクシに似た人がいると教えてくださった。


「あいつなら今、女装しているらしいし、あってみたら?」


 ワタクシにとっては答えは一つしかない。なぜなら、お姉様からのおすすめ、断るなんて妹分には許されないからだ。


「もちろんですわぁ!」


「いや、無理しろとは言ってないよ。」


 お姉様からのチョップが頭に刺さる。文字通りに。


「わかりましたわぁ。でも、怖いけどあってみたいのは本当ですわぁ!」


 いつのまにか男子と話すのが怖いと感じていたワタクシだったが、女装していて、女子に対してどもり系の男子なら話せるかもしれない。


「それならいいんだけどさ。あいつはあいつで苦労しているらしいし……。」


 一瞬、カオリお姉様から恋する乙女の匂いがした気がしたが、気のせいだと思おう。うん。


「それで、会うなら早い方がいいよな。明日の朝とかどうだ?」


「ぜ、善は急げですわぁ。それでお願いしますわぁ。」


「あ、でも、一応明日は普通喋りでよろしく。どこかのタイミングで、ミンチ女が出没する可能性があるから。」


「わ、わかりましたわ……わかりました。」


 なんか男より怖い存在が出てくるらしいが、それについては考えないことにした。





「あの方、本当に男でしたのぉ?」


 カヅキ様に会って、急いで学校へ向かう道にて。


「びっくりだろ?幼馴染のうちですら気が付かなかった。マジであいつの女装の才能どうなっているんだろうな。」


 そんなことを言いながらお姉様と笑いあったり、カヅキ様のお話を聞いたりして登校できた。今日は、いろいろな意味で一歩前進した気がした。





「どうしましょう……。」


 たしかに、男の人と会って、話すところまではできた。でも、ほとんど会話になってなかったし、せめてもう少しまともに話せないものか。


「でも、たぶんまだあの人以外は無理ですわね……。」


 どこだったかで聞いた話だが、ずっとある人のことを考えていることと、その人を好きになっていること、それは鶏と卵のような関係らしい。


「ということは、もしかして、ワタクシはあの人のことが好きなのかもしれませんわぁ。」


 でも、あの人はおそらくカオリお姉様の思い人……いや、そんなことで身を引く方がお姉さまに叱られてしまう。


「そうですわぁ、まずはファンとしてのグッズ集めとお手紙を出すところから始めるべきですわぁ!」


 聞いた話だと、女装しても所詮は男だからか、何のためなのかはわからないが、女子校の方に潜入しているという。油断も隙も無いが、男なんてみんなそんなものだろう。


 それはそうと、お手紙での告白はご法度。ならば、一度お手紙で待ち合わせさせていただいて、それから告白。完璧な流れだ。







 放課後、それもかなり遅い時間。


 お姉さまに土下座のせいで引かれながらもお願いして、上履きと交換で手紙を置いてきてもらう。こればかりはワタクシではどうしようもなかった。


「あら、意外といい匂いですわぁ。」


 新品のゴムのような匂いがする。癖になる匂いだ。


「お味は……。」


 少し堪能しすぎてしまった。





 あの手紙は、読んでもらえただろうか。少し、自分の欲求に正直になりすぎてしまっただろうか。


 お姉さまに聞いたカヅキ様の住所は間違っていないだろうか。こっそりと潜入して見てきた手帳のスケジュール、オフだったところは埋まっていないだろうか。心配で心配で仕方がない。


 しかし、長く待たずにカヅキ様がワタクシの隠れているところにやってきた。そちらからは逆光で陰になってこちらが見えないはず。急に気が大きくなった気がする。カヅキ様だって、逃がさない。


さあ、行きますわぁ。

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