白線ゴールライン

よすが 爽晴

越えちゃえばこちらのもの

 白線の向こうには、なにが待っているのだろうか。

 走り出した先にあるラインは案外近くにあって、踏み切ってしまえばそれまでだから。なのに、その向こうになにがあるかは誰も教えてくれない。

「…………なにこれ」

 その線は、多分俺だけに見えている。

 いつもなにかの区切りや、悩んでいる時。そんなタイミングで目の前に現れるそれは、いわゆる世間一般的なゴールラインというやつだと勝手に思っている。

 それが、どうしてだか今俺の前にある。

「……いや、今はなにも悩んでいないし人生の節目でもないけど」

 ただの大学生の、普段と同じ講義の帰り。少しだけ帳が降りた街で、その白いラインはかなり異質なものに見えた。

 いつもなら、このゴールを躊躇いなく飛んでいる。けど、今はそれすらも不気味で飛ぶ勇気はどこにもないから。

「……見なかった事にしよう」

 くるりと背中を向けながら、ゆっくりと歩き出す。

 元々は正体がわからないのだし、考えてみれば飛び越える方がおしかったのだ。今の反応が、一番正しい。

 そう思って家路についたまではいいけど、なんだか見られているような気持ちになり後ろへ視線を送ると――


「…………」


 線、俺の後ろをついてきているのだけど。


「お前、動けたのか」

 今まで躊躇いなく見えた瞬間に飛んでたから知らなかったよ、これはそこまで嬉しくない発見だ。

 俺が越えない事には消えないという事はわかったけど、だったらなおさらどうしてついてくるのか。

 理由や存在がよりわからなくなって首を傾げながら、白線をじっと見る。綺麗に引かれたそれは陸上競技の線みたいで、真っ白だった。まるで、早く飛び越えてくれと言っているみたいに。

「……嫌だよ、だってなに起きるかわからないし」

 節目でもなんでもない時にこいつが現れる事ほど、不気味なものはないから。いつもならゴールを踏めば、そこで世界が変わるような気持ちになった。テストが終わった時に踏めば、ご褒美が出てくるし。失恋した時には、新しい恋が待っているし。けど今は、そういったのがなにひとつ存在しない。

 だからと思い避け続けてもこいつはどうやら納得いかないようで、まるで捨て犬に見つめられている感じだ。いや、こいつに心はあるのかは知らないけど。あくまでも例えだ。

「……あぁもう、わかったよ、越えればいいんだろ」

 腹を括って、肩を落とす。

 越えればきっとこいつも満足するだろうし、いつもみたいに消えてくれるはず。深く深く深呼吸をしながら、俺はぐっと足へ力を入れた。

 目の前の白線へ向かって、意識を集中させて。

「えい!」

 勇気を出して、一歩を踏み出す。

 夕闇に染まった世界ではなにかが起きるはずなくて、もちろんそのまま。ただただ、俺の無機質な飛び越えた足音と遠くへ走っていく車の音が聞こえていた。

「……やっぱりなにもないじゃん」

 少しだけ期待をしたけど、なんだか馬鹿みたいだ。

 首を力なく振りながら足元を見ると白線は消えていて、結局なんだったのかわからない。

「かーえろ」

 くるりと身体を家の方角へ向けてまた歩き出す。けど、どうしてだろうか。見られているような感覚は、消えていなくて。


「人生、ゴールできてよかったな」


「――は?」


 その声は、ひどく無感情なものだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白線ゴールライン よすが 爽晴 @souha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ