佐々木秀臣◆2◇

 人気のない薄暗いアーケードに、がしゃん、がしゃんと音が響く。しばらくして「ピロリロリー♪」と軽めのメロディが流れた。輪投げゲームの前に立つ係員が、チラリとこちらに目をやる気配に気がついた。秀臣もちらと見返すと、係員はふいっと視線を外す。

 秀臣は、最後にこぼれて跳ね返ってきたバスケットボールを柵の内側に投げ入れて戻した。通い始めた頃よりは上手くなってきたけれど、まだこの遊園地のハイスコアには全然足りない。結構高いスコアだから、最初から抜かせるとは思っていないけれど、本番では……あるいはここが閉まるまでには、せめて惜しいところまでは行きたい。

 特にバスケが得意というわけではない。体育の授業では、ボールを持つ人を追いかけるのが苦手だった。ドリブルも得意ではない。走っているうちにボールを蹴ってしまって、コートの外に飛ばしてしまうこともあった。

 そのため、秀臣はある方法を見出す。コートのバランスを見て、人が少ないところを見つけ、そこに向かうようにしたのだ。この作戦のポイントは、「敢えて」その場所に立っているように見える努力をすること。ゴールを決めるイメージトレーニングをしながら、コートの穴に立つのだ。

 いつだってそれが上手く生きるコツだった。高校ではほどよく上手にやっている。可もなく不可もなく。それがベスト。大きな成功がなくても、大きな失敗さえしなければいい。頼まれごとは断らない。掃除は流れるようにやる。細かいところまでやらなくてもいい。ただ「掃除をしている」ことを見せればいい。

 そんな風にしていたら、推薦でクラスの生徒会候補に選ばれた。役員を決める会議で、ほどほどに真面目なことを言っていたら、副会長におさまっていた。本当は書記あたりが良かったのだけれど、よくよく考えたら、明確な仕事がない副会長なら上手くゆるくやっていける気がした。

 もう1ゲーム分の小銭をゲームのきょうたいに投入しながら、浮かんできたのは生徒会長の顔だった。

 秀臣は、生徒会長のなか龍一りゅういちが苦手だった。不思議と人に好かれて、いつもヘラヘラしているくせに、本気を出せば人より上に行ける才能があるやつだった。

 ──そんなのずるいだろう。

 彼の隣にいたら、精一杯ボロを出さないようにしている自分が見透かされてしまうのではないかという気になる。できるだけ距離をとりたいのに、会長は、なぜか知らないが秀臣によく絡みに来るのだ。

 だから、ある程度彼に仕事を催促したら、早々に生徒会室を退出するのだ。

 会長の顔を思い出すと、視界が歪む気がする。今のゲームで、二回しかシュートが決まらなかったのも、会長のせいだ。

 そこでハッとして、後ろで見ている『カノジョ』を意識した。いけない、今は『カノジョ』のことを考えないと。デート中は、会長のかの字も思い出すまいと改めて心に誓った。


◆◇◆


 空が朱く染まり始めた折、信じられないくらい恐ろしい出来事が起こった。

 入り口からすぐのところに設置された、まだ点灯していない大きなイルミネーションの前。自撮りをしているカップル。女の子は肩より少し長い黒のストレートヘア。今日一日ずっと隣にいたはずの『カノジョ』。

 思わず本日二回目のクレープ屋に駆け込もうかと思った。いや、駆け込まなければならなかった。写真をうまく撮れなかったらしいカップルが、カメラマンを探し始める前に。

「あれ! 佐々木じゃん!」

 カップルに背を向け損ねて冷や汗が出る。今日一番目にしたくなかった組み合わせがそこにいた。

「あっ、佐々木くん。えへへ。見られちゃったね」

 鴨田さんはそう言って、傍らの『カレシ』を軽く見上げる。

「佐々木なら良いじゃん。っと、佐々木は誰と来てる?」

 世界で一番聞かれたくないことを、世界で一番聞かれたくないヤツの口から聞かれて、上手く呼吸もできなくなった。

「…………か……」

 『カノジョ』

 さっきまでほんのりと見えていた鴨田さんは隣ではなく、目の前にいて、隣に誰もいないことがより強調されてしまったような気がした。何か言いたいのに声はうまく出てくれなくて、逃げ出したいのに足もうまく動かない。

 様子のおかしさに気がついたか、鴨田さんは心配そうな顔で秀臣と『カレシ』の顔を見比べる。

「ん、大丈夫かよ。気分悪いの? なに、置いてかれたとか〜?」

 近づいてくる会長に、口の端ををひくつかせて、無理やり笑って見せようとした。

「へ、平気。親戚と来てた。親戚は先に帰ったんだけど、僕はゆっくり」

「そうなんだ。あ、そうだ。ついでに撮ってくんない? 『イルミネーション予約!』って感じの写真欲しくってさ。ここの遊園地のイルミも今年で最後だしなー!」

 会長は悪びれもせず、スマホを押しつけるように渡して、さっさと鴨田さんの手を引いて光っていないイルミネーションの前に行ってしまう。手ブレしてもなんでも良いから早く終わらせたくて、微かな声で「撮るよ」と言った。

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