僕の擬似青春【短編】
皐月あやめ
佐々木秀臣◆1◇
空が青い。
ビーッという大きな音を合図に、目の前のメリーゴーランドはゆっくり動き出した。
ずいぶん聞き慣れた音楽は、幼い頃の思い出よりも少しかすれて聞こえる。あの頃には、もう少し、馬の乗り手もいたような気がした。それも、うろ覚えだけれど。
木馬に乗る子供達は、円の外にいる親に手を振る。幼稚園くらいの子供には、傍らに親が立って背を支えていた。中には誰かれ構わずに手を振っている子もいて、目が合った時には、少し笑いかけてみたりなどした。
そう。だって、『カノジョ』がいれば、きっとそうする。
(「……行こうか」)
心の中で『カノジョ』に話しかける。
時刻は、少し昼を過ぎたくらい。遊園地内のフードコートはそれなりに混む。
(「先に、遊園地の前で買っておいて正解だったでしょ」)
秀臣がそう言えば、隣の『カノジョ』はきっと微笑むだろう。もしかしたら、『今度は時間をずらして行けばいいじゃん』なんて言うかもしれないが、今回の『カノジョ』は、茶道部の
立ち上がって、少しゆっくりめに歩き出す。女の子の歩幅は小さいのだ。
『カノジョ』側の手は、常に緩くひらいている。まだどういうタイミングで手を握ればいいのか決めかねていたから。
◆◇◆
秀臣が「デートのシミュレーション」をするようになったのは、中学三年の時からだ。
中学校に上がった頃。同級生にカノジョができたとか、どこまでいったとかそういう話をしていたのを聞いて、自分もそのうちそういうことがあるのだろうと思っていた。なんとなく。なんの確信もなく。
いいな、と思う女子は何人かいたけれど、好きなのかと言われたらよくわからなかった。ただ、隣に並んで歩く想像はよくしていた。
中学三年の梅雨の日。当時秀臣が気になっていたシイナさんと並んで帰ることになった。シイナさんはバスケ部の快活な女子で、秀臣よりも数センチ背が高かった。
その日、秀臣はたまたま遅くなって、下駄箱に着いた時は下校時間ギリギリだった。傘を取ろうと角を曲がったところで、腕を組んだシイナさんを発見した。彼女も、足音でこちらに気づいたらしかった。
「ねえ、佐々木くん。佐々木くんの傘って結構大きかったよね」
困惑しながら「まあ、多分」なんて言うと、シイナさんは苦笑いをする。
「アタシの傘、誰かが間違えて持っていっちゃったみたいで。駅のあたりまで一緒に入れてくれないかな」
思いがけぬ『お願い』に、秀臣はおそるおそる頷いた。「ありがとー!」と、シイナさんは笑った。
そこから駅まで、秀臣は右手に持った傘を少し持ち上げるように掲げて、シイナさんと並んで歩いた。「走って帰ろうと思ったけど、試合前に風邪をひいたら馬鹿だから困っていた」とか。「今日は片付け当番のあとに忘れ物をして、友達はみんな先に帰ってしまっていた」とか。「普通の傘に加えて、折り畳みの傘もいつも持っている子を真似してみようかな」とか。シイナさんの話は今でも全部覚えている。けれど、自分が何を話したのかは全く覚えていない。いや、おそらく、相槌ばかりでほとんど自分の話はしなかったはずだ。頭の中では、女子と……シイナさんとも並んで歩く想像はしていたのに、いざ実際にそうなってみたら。具体的な話の内容まで考えていなかったことに気がついたのだった。『相合い傘』というものも、やけに意識してしまって、誰かに見られてやしないかと道中気が気ではなかった。左肩にポタリポタリと落ちる傘の水滴も気になって、時折角度を変えた。
やがて、シイナさんの言っていた駅に着いた。「ありがとう」と言って離れたシイナさんの右肩から下が、ぐっしょり濡れていた。それを見て、失敗した、と思った。
あいまいに頷いて、逃げるように走って帰った。傘を投げ捨ててしまいたかった。
翌日から、シイナさんとはできるだけ会わないように立ち回るようになった。誰かが、シイナさんは置き傘をするようになったらしいと言っていたのを聞いたときは、避難訓練の時のように机に潜ってしまいたかった。
梅雨が明けてから。秀臣の『想像』は、より具体的になった。ケータイのメモ帳にぽちぽちとメモは連なっていく。
女の子と二人になったらどんな話をするか。
歩くときはどういうルートを通るか。
付き合うことになったら、どこにご飯を食べに行くか。
最初のデートは?
最初のデートは──。
それを考えたとき、すぐに「遊園地がいいな」と思った。絶叫マシンが有名なところよりも、地元の、こじんまりとした行きなれた遊園地。思い立ったその週末、塾をサボってこの【はなやまドリームランド】に来たのだ。
そうして月に一度か二度、この遊園地で「デートのシミュレーション」を繰り返していた。
けれど秀臣が生まれるずっと前からあるこの遊園地は、各所で老朽化が進んでおり、ついに今年の大晦日で閉園することになったらしい。
この遊園地でこうして『カノジョ』とデートができるのも、あと数度だろう。
──今の僕なら。
緩くひらいていた手をやわらかく握った。
──今の僕なら『カノジョ』を完璧にエスコートできる!
今の自分なら、相手のことを考えて行動出来るはずだ、という自信があった。
(「じゃあ、次は向こうのゲームコーナーに行かない? 少し懐かしめのゲーム機とか、景品が出るゲームの集まってるんだ。」)
そう、『カノジョ』に胸の内で話しかけて、秀臣はゲームコーナーへと足を向けた。
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