ねえ、私はどんな「ゴール」かしら?オルゴール、空港、植物学者、ABCのC、それとも……?

半濁天゜

第1話

 世界が夕陽の血に染まり、深い影が混じりあう、逢魔がとき

 見慣れたバイト帰りの道なのに、ちょっと気味が悪かった。


 追い打ちをかけるように、絹を裂く高い声が聞こえてくる。公園で、ヤンキーたちが女の子を取り囲んでいるようだ。


 なのに、誰も助けに入る気配がない。郊外とはいえ、住宅やアパートがいくつもあるのに。


 ああ、これが例の……。周囲に他人がいると人任せになり誰も行動を起こさない、なんちゃら効果とかいうやつか。


 その心理がわからなくはない。僕だっていま、誰かが彼女を助けてくれるのを期待しているし。でもそうやって、みんなが何もしなかったら……。


 くそっ、こんなの全然柄じゃないのに……っ!


 スマホで通報した風を装って公園に入っていく。ヤンキーたちに近づくと刺激しないよう、丁寧に、事務的に、


「すみません、警察に通報したので、立ち去られた方がいいと思いますよ」


 頼むっ、大人しく退散してくれよ……。


 ヤンキーたちはもの凄い形相でガンをとばしてきたけど、僕の肩を突きとばしただけで大人しく公園をでていった。


 上手くいき一気に力が抜ける。女の子も涙ぐみながら、


「ありがとうございますっ! ……その、ホントに……」


震える声で、それだけ言うのが精一杯だったのだろう。言葉に詰まる彼女に、


「いえ、なんとかなった、みたいでよかった、です」


 僕もしどろもどろな答えを返す。


 そこではじめて、ゆっくりと彼女をみたんだけど、もの凄い美少女だった。


 ただ、身なりもちゃんとした、露出だって控えめな服なんだけど……。


 おそらく持って生まれた、なんというか、男好きのする、言葉にできないエロい色香が漂っている。そりゃヤンキーでなくても男が放っておかないよ、と妙に納得してしまうくらい……。


 そんな相手だから、ちょっと名残惜しいけど、


「それじゃあ僕はこれで」

「あ、あの、わたし心細くて……。向かう方向が同じ間だけでいいので、ご一緒させて貰ってもいいですか?」


 なんて揺れる瞳で頼まれたら、断る男なんていないだろう?


 しかも。なんと彼女が向かっていたのは、オレと同じアパートのすぐ隣の部屋だった。大学に通うため、ちょうど引っ越してきたところらしい。おまけに同じ大学、だと……。


「わたし鈴笛すずふえ 冴織さおりです。お隣同士だったなんて、これからもよろしくお願いしますね」

「僕は牛久 義生よしきです。こちらこそよろしく、です」

「今日は本当にありがとうございました。気持ちが落ち着いたら、このお礼は必ずしますから」


 そんなこと言われたら、変な期待をしてはいけないとわかっていても、ちょっとだけ期待してしまう、よね?


 なんて思う間に。冴織さおりさんは、真っ暗な自分の部屋へと入っていった。


 薄暗い共用廊下で一人になって。いまさらながらに、彼女の部屋の前の電灯が切れていることに気がついた。昼間はわからないし、大家さんも気づいてないのか。


 ……僕から大家さんに言っておいてあげようかな……。もちろん純粋にだよ、そう純粋に、ご縁ができたお隣さんとして……。





 彼女に会えないまま悶々と数日がすぎたころ。

 部屋のチャイムにでてみると……。


 冴織さおりさんが、はにかみながら立っていた。ただでさえ綺麗なのに、そんな表情されたら僕の理性にも限界がありますよ?


 しかも、手には綺麗にラッピングされた小さな箱が。いやおうにも胸が高鳴り、頭が茹だる。


「心を整理するのに時間がかかってしまって。お礼が遅くなってご免なさい」


 その小箱を受けとる時、うっかりたおやかな手に触れてしまった。不慮の事故に動揺しながら、


「そんな、あんなことがあれば当然ですよ。むしろお礼まで頂いて、僕のほうが申し訳ないくらいです」

「ありがとうございます。優しいかたなんですね。これはお気に入りのオルゴールなの。是非きいてみてくださいね」


 箱を持つ僕の手に、彼女の手が重ねられる。柔らかくて暖かな感触が……。


 さ、誘ってやがるっ!?、これは誤解してもDT無罪になりますよね!? なんてトチ狂った本能を、なけなしの理性が粛正する。


 もう舞い上がってしまって、その後の会話はよく覚えていない。


 部屋に戻ると、汗ばむ体でさっそく箱を開けてみた。

 中身は、上蓋に山の神らしい絵が描かれた、金縁のオルゴール。ギリシャ神話? よくわからないけど装飾とかもアンティークっぽい、現代とは違うセンスな気がする。


 試しに鳴らしてみると、賛美歌? なのに、なぜか甘美な音が混じった不思議な曲だ。心地いいのにどこか心がざわめく……、冴織さおりさんにぴったりな曲だった。





 梅雨前線が北上をはじめるころ。はっきりしない灰色の空のもと、僕は大学の図書館にいた。理由はもちろん……、冴織さおりさんに勉強を教えて欲しいと頼まれたからだ。


「シャルル・ド・ゴールは第十八代フランス大統領だね。二次大戦のパリ解放時、アメリカやイギリスを出し抜いた手腕は見事なものだった。戦後の外交手腕もね。それらの偉業から空港や空母、広場の名前にもなっているんだ」

「そう言えばシャルル・ド・ゴール空港って、聞いたことあるかも。さすが牛久先輩」


 エッチな色香漂う後輩にこんなことを言われたら、これはもう恋人なのでは? と頭がご乱心してしまう。


 しかも、勉強会の終わり際、


「今日はありがとうございました。よかったらこれ貰ってください」


と、手作りクッキーを渡されたんだよ? 僕なんかの手のひらを、両手で包み込むように手渡しで!? これはもう告白されたようなものだよね……?





 その後も、遺伝学の祖、メンデルの法則を発見したグレゴールのこととか、何回か彼女と勉強会を重ねた。


 そして僕は、彼女と学食のお昼を一緒するまでの仲になったのだ。そんなある日、


「先輩、○ルフェ○ールってなにかわかりますか?」

「えっと、勉強のこと? それともナゾナゾ?」

「そうですねぇ、強いて言うなら勉強、みたいなものです」


 薄紅色の唇が踊るように、僕を惑わせる。


「うーん……、ポルフェノール?」

「ブー、それはポリフェノールです」


 もう、言い方まで可愛いなぁ。緩みまくった頭でしばらく考えたものの、


「降参だよ、正解はなんだったの?」

「ふふふ、秘密です」


 悪戯に笑う彼女に、僕はもうメロメロだった。なんて可愛い小悪魔、彼女になら魂を捧げたって惜しくはないよ……。





 余談だけど後日、ベルフェールという小悪魔の存在を義生よしきは知ることとなる。


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KAC202110

お題「ゴール」

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