第4話:フルバーストモード

 アリス=ロンドの視界は真っ赤に染まっていた。大気圏に突入するために纏っていた白緑色の魔術障壁マジック・バリアはとうの昔に消し飛び、超一級天使装束自体から真っ赤な焔が噴き出ていた。それでもアリス=ロンドは0.1秒でも早く地表へとたどり着くために、背中から光の鱗粉をまき散らしつつ、加速をおこなっていた。


 さらにその状況下の中でも、軌道エレベーターに張り付いている異形なる怪物たちの駆除も同時におこなっていた。アリス=ロンドは急発進と急停止を繰り返し、異形なる怪物たちをその手に持つ2本の光刃で切り刻んでいた。


「ここまでの駆逐数:5万とんで384。軌道エレベーターに寄生するハイヨル混沌の軍団の5割を排除。これより、地上へ向かうことを優先シマス」


 アリス=ロンドは出来る限りのことはやりのけたと自分自身を納得させる。ここまでのタイムロスは58秒。アリス=ロンドはそのタイムロスを埋めるためにさらに加速度を増す。彼女の背中から噴き出す光の鱗粉の量は3倍近くとなり、アリス=ロンドの身体を包む熱と焔の量は30倍となる。


 アリス=ロンドが頭に被るオープン型フルフェイス・ヘルメットの内側には『危険』を示すメッセージとアラート音が鳴り響いていた。しかし、アリス=ロンドはそれらが眼にも耳にも入らないのか、それらのアラートを一切無視し、さらに加速度を増す。いよいよもってして、アリス=ロンドは一条の紅く輝く光と化す。


 その状態のアリス=ロンドが雲の絨毯に突き刺さる。地上からの高度3000ミャートルほどの地点である。アリス=ロンド自体のエネルギーが高すぎたため、ボンッ! という音と共に雲の絨毯に直径1キュロミャートルの大穴が空くことになる。その衝撃音はすさまじく、その地点から100キュロミャートル離れた位置で生活する住人たちの耳にも響き渡ることになる。


 アリス=ロンドは雲の絨毯とぶつかったことで、背中に生える右の羽根が弾け飛ぶように、遥か彼方へとすっ飛んで行き、さらには光の粒子が散乱するかのように消えていく。それと同時に彼女が被るオープン型フルフェイス・ヘルメットの内側部分に走る警告メッセージの量は300倍へと増える。アリス=ロンドは視界の邪魔だとばかりに警告メッセージが流れるのをオフにする。


 視界がクリアになると同時にアリス=ロンドはさらに加速度を増す。しかしながら、背中の羽根を1枚失ったことで、彼女が思うほどに加速度が増すことは無かった。それがアリス=ロンドの命を救うことになるのはまさに皮肉と言っても良いだろう。


 高度2500ミャートル。2000ミャートル。1500ミャートル。そして、1000ミャートルを切ったと同時に、闇夜の中でもはっきりと聖地が不気味な赤と黒の色で染まっていることを視認するに至るアリス=ロンドであった。彼女はさらに500ミャートル高度を下げた後、急停止する。


「ZGMF-X20A。フルバーストモード移行。地上にはびこるハイヨル混沌軍団を駆逐シマス」


 アリス=ロンドは地上500ミャートルの高さで急停止したは良いが、そこで留まることは出来なかった。彼女の身体を制動するための天使の羽根が1枚もげてしまったために、片翼だけではどうしても、その場で踏みとどまることは出来なくなってしまう。それゆえに彼女が選んだのは自由落下であった。


 そうすることで、超一級天使装束がフルバーストモードへ移行することに全力を傾ける。聖地のほとんどが不気味な赤と黒に占拠され尽くしており、護衛対象であるベル=ラプソティの生存確率も下がりに下がってしまっている。今、自分の身を案じる余裕など、アリス=ロンドには一切無かった。それゆえに姿勢制御機能すら捨てて、フルバーストモードによって生まれる暴力の塊をもってして、聖地を覆うとするハイヨル混沌の暴力を排除しようとする。


 アリス=ロンドの周りには100を超える綺羅星が煌めいていた。それらひとつひとつが長さ1ミャートル、太さ30センチュミャートルの金筒であった。そして、それとは別に両肩、両横腹に長さ5ミャートル、太さ2ミャートルの金筒が配置される。金筒の向きは全て、聖地に蔓延る異形なる赤と黒の怪物たちへだった。


 その怪物たちの中には、かつて善良なヒトだった者たちも含まれていた。しかし、アリス=ロンドが元はヒトだったモノにすら、慈悲の心を抱くことは無かった。ただただ、星皇:アンタレス=アンジェロが愛するベル=ラプソティの敵だという認識しか持ち合わせていないアリス=ロンドであった。


 それゆえにアリス=ロンドがフルバーストモードから放った光線による攻撃は苛烈さを極めていた。金筒から放たれた光線は異形なる怪物と、なりたくて怪物になったわけではない者たちを穿ちに穿つ。


「ラーラーラ―」


 アリス=ロンドは主を称える歌を唄う。死は誰にでも平等に訪れる救いだという者がいる。しかし、その言いは半分間違っている。『死は平等に訪れるが、決して公平ではない』。寿命を全うし、死ぬべくして死ぬ。それがいかほどに幸せなことか。そして、アリス=ロンドが金筒から放つ光線で穿っている者たちは、まさに不公平に死んだ者たちだらけであった。


 だが、アリス=ロンドはそんなことを一切、考えることは無かった。彼女が第一として考えることはただひとつ。星皇に護ってほしいと言われた『ベル=ラプソティ』のみである。それゆえに、その他がこのフルバーストモードに巻き込まれようとも、自分には関係ないとばかりに、自分の周囲に展開させた大小の金筒からありったけのエネルギーを放射し続けた。


 そして、彼女がフルバーストモードを放ち終えた後の聖地には静寂が訪れる。その地に向かって、アリス=ロンドは自由落下を続ける。超一級天使装束の機能の99%が沈黙し、彼女が被るオープン型フルフェイス・ヘルメットの内側も透明な部分はほとんどなく、こちらも99%がブラックアウトしていた。しかしながら、残されている透明化部分で緑の四角い枠が点滅する。


「ベル=ラプソティ様の生存を確認デス。フルバーストモード終了。これより大地へと降り立ち……マス」


 アリス=ロンドの周囲に展開されていた金筒は光の粒子へと変換される。その光の粒子は空気に溶け込むように掻き消えていく。アリス=ロンドは姿勢をぐらりと傾け、頭から地上へと真っ逆さまに堕ちていく。神力ちからの全てをベル=ラプソティを護ることに費やした彼女の身には既に地上へと激突するのを防ぐためのすべは一切無かった。


 オープン型フルフェイス・ヘルメットの透明化されていた残り1%の部分もブラックアウトし、いよいよもってして、アリス=ロンドの視界は真っ暗となる。それと同時に彼女の意識も天界へと運ばれる……。


「あんたって、本当に大馬鹿ね……。あいつも馬鹿だけど、あんたはそれを3万倍したくらいの大馬鹿よ。でも、ありがとうね。あとはこっちで何とかしておくわ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る