第5話:綺羅星

 ベル=ラプソティは見た。聖地の上空を覆う分厚い雲に大穴が空く瞬間を。ベル=ラプソティは月光を遮る雲を苦々しく睨みつけていた。あと15分、皆に奮闘してほしいと激を飛ばした次の瞬間には、異形なる怪物の動きを鈍らせてくれていた月明かりが分厚い雲によって遮られたのである。活性化した異形なる怪物たちはベル=ラプソティたちを押し込もうと、その勢いを増せるだけ増して、聖地にある宮殿内に侵入しようとしてきた。


「教皇様とベル=ラプソティ様を殺させるなっ! 2人は最後の希望ぞっ!」


 残り1000を切っていた聖地を護る兵士たちは、自分の身体を壁として、宮殿に押し寄せる怪物の波を押しとどめる。しかし、あちらの数は3万以上。こちらはたったの1000だ。数の暴力とはまさにこのことであり、1分で100人近くがその怪物が創り出した波に飲み込まれていく。そして、ベル=ラプソティが聖地の上空を覆う分厚い雲を憎しみが宿る眼で睨みつけた時には、ベル=ラプソティの周りには100名弱の兵士しか残されていなかった。


 そんな窮地も窮地に追い詰められたベル=ラプソティたちの耳に轟音が響き渡る。ベル=ラプソティの後ろでコッシロー=ネヅの背中に同乗していたカナリア=ソナタは思わず両手で両耳を抑える。そうしたとしても、鼓膜が破けそうなほどの轟音であり、カナリア=ソナタの耳は数分ほど麻痺してしまう。


 上空を塞いでいた分厚い雲に直径1キュロミャートルの大穴が空き、その中心部にはキラキラと輝く流星のような物体を視認できた。その流星は勢いを止めずに聖地の上空へと堕ちてくる。そして、その流星の周りに綺羅星が輝き始める。その綺羅星のひとつひとつが聖地の周りを覆う不気味な赤と黒色を駆逐し始める。ところどころで光と音が爆発を繰り返すが、ベル=ラプソティたちの耳は雲が突き破られた時の轟音により、綺羅星が堕ちてきた時の爆発音を拾うことは出来なかった。


 まるで無音の映画を見ているようでもあった、その光景は。不気味な赤と黒色を放っていた異形なる怪物が爆発で空へと舞い上がり、舞い上がったかと思えば、次に降り注ぐ綺羅星により、ズタボロの使い古した雑巾よりもボロボロになっていく。そして、ボロボロで済むだけならまだマシなほうで、ほとんどの異形の怪物はちり芥へと変わっていく。


 大空からの流星群が5分間ほど、聖地に降り注ぐと、聖地を取り囲んでいた異形なる怪物たちの数は99%、この世から居なくなることになる。ベル=ラプソティはそれを為したのがアリス=ロンドであることを直感で感じ取る。


(あの娘、本当に無茶をしすぎよっ!!)


 ベル=ラプソティはコッシロー=ネヅの手綱を引き、彼の腹に踵で蹴りを入れる。ベル=ラプソティの意志を感じ取ったコッシロー=ネヅは4枚羽を羽ばたかせ、大空から綺羅星を落としに落としていた人物へとすっ飛んでいく。


「おいおい。アリス様は規格外の馬鹿なんでッチュウ!? 単独で成層圏に突入してくるだけでも大概でッチュウよ!?」


「わたくしが後できつく説教しておくから、コッシローはアリスを上手くキャッチできるように姿勢制御をお願いするわっ!」


 ベル=ラプソティたちの眼から見ても、神力ちからを出し切ったアリス=ロンドは自力で落下速度を調整できない状態になっていることは承知の上であった。アリス=ロンドは重力に引かれ、自由落下をしている真っ最中である。下手な受け止め方をすれば、ベル=ラプソティたちも大怪我をしてしまう。コッシロー=ネヅは地上から200ミャートル地点でアリス=ロンドに追いつくが、彼女のスピードに合わせて、自分も地面方向への速度を合わせなければならない。


 結局のところ、コッシロー=ネヅがアリス=ロンドを自分の背中に乗せたのは、地上から10ミャートルを切った地点であった。もう少しでもアリス=ロンドの速度があったならば、もしもの場合があった。


(アリス様は無意識下において、わずかばかりに残された神力ちからで、速度を緩めたくさいでッチュウ……。そうでなければ、ぼくの計算では地上までⅠミャートル以内ってところだったでッチュウ)


 天界の騎乗獣であるコッシロー=ネヅはアリス=ロンドの無意識下の機転を褒めようとしたが、それを口にすれば、ベル=ラプソティが激昂するのは眼に見えていたために、ついには音として、口から外に出すことはなかった。ベル=ラプソティが困り顔になりつつ、嬉し気な表情になっているのを阻害したくなかったという理由が半分を占めていた。


「あんたって、本当に大馬鹿ね……。あいつも馬鹿だけど、あんたはそれを3万倍したくらいの大馬鹿よ。でも、ありがとうね。あとはこっちで何とかしておくわ……」


 ベル=ラプソティはそう言うと、コッシロー=ネヅの背中にアリス=ロンドを預ける。そして、自分は地に足を着け、戦乙女ヴァルキリー・天使装束のリミッターを解除する。ベル=ラプソティの右手には大剣クレイモアのような太くて広い刃が先端に付いている光輝く槍が現れる。そして、左の腕先にはこれまた光り輝く丸楯が彼女の身を護るように展開されることになる。


「カナリア、コッシロー。わたくしはアリス=ロンドが駆除に失敗した怪物たちを全滅させてくるわ」


「失敗って。ベル様はアリス様に厳しすぎでッチュウ」


「あうあう……。アリス様のおかげで敵の残りは1000ほどなのですゥ……。アリス様のご活躍を褒めるべきではァ?」


「うるさいわねっ! こっちは100を切っているのよっ! 彼我との差は10倍。さっきまでとあまり変わってないじゃないのっ!」


 ベル=ラプソティはそう言うと、左手でオープン型フルフェイス・ヘルメットの前面を閉じる。内側が透明化され、残りの怪物たちの位置を知らせるメッセージが浮かび上がる。怪物たちは陣形を乱されきっており、未だに集合しようとはしていなかった。ここが勝機であることは誰の目から見ても明らかであった。それゆえにベル=ラプソティは背中から生える4枚羽から光の鱗粉を放ち、一気に異形なる怪物たちへと突貫する。それに遅れるように残された100人弱の兵士たちがベル=ラプソティの突撃に付き従う。


 ベル=ラプソティは大剣クレイモアのような大きくて広い刃が付いた槍を怪物の腹へと深々と突き刺す。そして、槍を右足で上へとかち上げて、腹から頭をかち割ってみせる。その勇壮な姿に勇気をもらった兵士たちは各々が手に持つ武器で、次々と怪物たちを駆除していく。


 ベル=ラプソティが突撃と移動を10回ほど繰り返すと、アリス=ロンドが撃ち漏らした怪物たちは残り3匹となる。残されたその3匹は、ゆっくりと歩いて近づいてくる天使装束姿の女性に向かって、判別不能な言語を喚き散らしながら突進していく。


 しかしながら、天使装束に身を包む女性はまったくもって怯むことはせず、右足を大きく前へと踏み込み、分厚すぎる刃を持つ光槍を横薙ぎに払う……。

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