第3話:ベルの気持ち

 ベル=ラプソティは堪忍袋の緒がブチ切れている状態でも、なんとか冷静さを保とうと努めた。しかし、通信機の向こう側からぶつぶつと小声で聞こえてくる星皇の声を聴いているとどうしても怒りが収まらない。2人の馴れ初めを思い出しつつ、あの時の自分はどうかしていたと思う他無いベル=ラプソティである。そして、ついに堪忍袋の緒どころか、その袋の中身がぶちまけられる勘違い発言を星皇がしだす。


「ああっ! ベルのお尻が可愛いと思ったので、つい、引っぱたいたことですね? いやあ、すいません。あんな桃尻を見せつけられたら、そりゃ、男は誰でも叩きたくなるでしょ?」


「違うって言ってるでしょっ! あんたは、その後、わたくしのお尻の穴に強引に指を捻じ込んだでしょっ!!」


 ベル=ラプソティは顔から火が出そうなほどに顔を真っ赤にしながら、通信機に向かって怒声を放つ。自分では少し大きすぎるのではないかと危惧していたお尻を可愛いと思ってくれるまでは許せた。そして、引っぱたいたとこでは不問に出来る。


 聖地の近くにある街の酒場では、うちの女房の尻がこれまたすごくてな。引っぱたくなるんだわっ! とか、やっぱ、女はおっぱいよりも尻だぜ。尻の良さがわからん男はダメだなっ! という酔っ払いの戯言と聞き流していたベル=ラプソティであったが、紳士も紳士すぎる星皇が自分にそのような折檻を与えたことで、自分の身体に非常に興奮してくれているんだという嬉しさのほうが勝ってしまったのである。


 しかしながら、その時のベル=ラプソティはムードに流され過ぎていたとしか言いようがなかった。執拗に尻を馬の尻かのように叩き続ける星皇に対して、ベル=ラプソティも興奮を覚えていたが、星皇の聖なるというより魔の手がベル=ラプソティの尻穴に侵入した時は、そのムードが一気に吹っ飛び、さらにはカエルが無残に馬車の車輪に踏みつぶされても叫ばないような絶叫をあげてしまったのである。ベル=ラプソティはあの時の自分でも信じられない声が、自分の脳内を駆け巡ったことを未だに忘れられなかった。


 それゆえに、そんなこの世の恥辱の中で一等級の恥辱を与えてきた星皇と二度と同じ寝室で寝ることは無くなる。そして、そんな妻に対して、当て馬のようにめかけを作ったのだ、あの馬鹿亭主は。これがベル=ラプソティの尻穴に星皇が人差し指をぶっこんでからょうど3カ月後であった。


「いや……、姉はジ・アースの東方を守護してもらっています……。知ってて言ってますよね?」


「うん、もちろん。あんたの顔と同じレベルで、アリスの顔を見たいとは思わないものっ!」


 馬鹿亭主がめかけとして、アリス=ロンドを迎え入れた理由をベル=ラプソティは問い詰めたことがある。真冬の街道でマッチ売りの可愛い男の娘が居たら、男なら誰でも保護するでしょうというのが、馬鹿亭主の言い分であった。しかしながら、従者として迎え入れるまでなら、ベル=ラプソティもギリギリ許せたかもしれない。だが、実際には星皇はアリス=ロンドを寝室へと招き入れたのだ。


 ベル=ラプソティはその事実を知るや否や、眼の前が真っ暗になる。そして、涙をボロボロと流しながら、星皇に対して離縁状を叩きつける。しかし、これは受理できないと星皇はその離縁状をベル=ラプソティの前でビリビリに破いてみせる。


(何がわたくしを愛しているよっ! あの娘があいつの傍らに居るってだけで、わたくしの心はグチャグチャなのっ! いくら訳有りだと言われても、わたくしは納得できなくてよっ!)


 馬鹿亭主がアリス=ロンドを寵愛している理由の半分を、ベル=ラプソティは知っている。文字通り、アリス=ロンドは星皇のオモチャであり、そうだという事実があるにも関わらず、アリス=ロンドはそれでも良いと言ってのけた。ベル=ラプソティは心底から、アリス=ロンドには勝てないと思ってしまった。だからこそ、ベル=ラプソティは星皇とアリス=ロンドが居る天界には留まることはできないと考えた。


(わたくしが意地悪のはわかっているわっ! でも、むりっ! あいつがアリスにしたことは許せることじゃないっ!)


 ベル=ラプソティは星皇:アンタレス=アンジェロがめかけとして、アリス=ロンドを迎え入れてから3カ月後に実家であるラプソティ公爵邸へと帰ることになる。それから半年の月日が流れ、ようやくベル=ラプソティも気持ちの整理がつき始めたのだが、それでも、星皇:アンタレス=アンジェロがアリス=ロンドを援軍として派遣してくれることには反対の意志を示す。


 星皇から届く手紙で、アリス=ロンドがどれほど自分にとって、有益な存在に天使改造されたかを知らされているベル=ラプソティである。しかし、ヒト一人の人生を狂わせているのは、間違いなく星皇とその妻であるベル=ラプソティである。それに対しての罪の意識が強すぎて、アリス=ロンドが援軍に来てくれることを手放しでは喜べない。だからこそ、夫の姉であるミカエル=アンジェロに代わってもらえないかと聞いたのだ。


 しかし、惑星:ジ・アースの防衛計画も星皇からつぶさに知らされているベル=ラプソティである。自分が無茶も無茶すぎることを言っていることは百も承知であった。憎まれ口だとわかっていても、アリス=ロンドを拒絶する姿勢を示すベル=ラプソティであった。


 オープン型フルフェイス・ヘルメットに内蔵された通信機からザーザーと砂嵐が吹き荒れる音が聞こえ始める。ベル=ラプソティは時間が来たことを察し、通信を完全にオフにする。そして、軽く首級くびを後ろに傾けて、後ろに座るカナリア=ソナタにアリス=ロンドが救援に向かってくれる旨を伝える。


「うひゃあああァ。これは一騎当千。いえ、一騎当千億に値する援軍なのですゥ!」


「ばかっ。単純に喜んでるんじゃないわよっ! あの娘が来るってことは、天界よりもこっちのほうがキツイってことの証左よっ!」


 満面に喜びの色を称える自分の軍師に対して、厳しく注意するベル=ラプソティであった。福音の塔は既に元の金色を失い、その9割を不気味な赤と黒の色に染まり上がっている。例え、アリス=ロンドがこの地にやってきたとしても、聖地を覆う危機など払拭できるはずも無いことをベル=ラプソティは察していた。


 しかしそれでもだ。アリス=ロンドが来てくれれば、絶望しかない状況下に置かれている自分たちが生きながらえるだけの時間は与えられるはずだという希望もあった。そして、そのか細い希望にすがるためにも、ベル=ラプソティは未だに奮戦を続ける兵士たちに激を飛ばす。


「皆様、あと30分。いえ、あと15分もちこたえてちょうだい! 星皇様がわたくしたちに恵みを与えてくれますわっ!」


 ベル=ラプソティが星皇という名を出した途端に、死闘で傷つき、疲れ果てていた兵士たちから、途方もない熱量が沸き起こるのをベル=ラプソティは肌で感じ取ることが出来た。その大きすぎる熱量が、余計にベル=ラプソティの心を掻き毟ることになる……。

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