ゴールテープの先に……
結葉 天樹
お疲れ様でしたー!
『祝福の声が晴天の中に溶けていく。寄り添う二人は万雷の拍手の中、口づけを交わした――。』
「……よし、終わったああああっ!」
エンターキーを叩いてブラウザの保存ボタンを押す。そして『公開』をして新しい話を更新したことをSNSで報告する。これまで何度も繰り返した作業もいよいよ一つの区切りを迎えた。
「この話の完結までいろいろあったなあ……予定していた文字数は軽く超えるし、伏線張り直したり、伏線回収のための話を差し込んだり」
それも作品が完結した達成感の前には全て懐かしい。むしろ誇らしさすら感じていた。
「これで完結した長編作品は四つ目だ。まだまだ未熟だな」
SNSや作品のコメント欄には完結を祝福する言葉が寄せられる。だが彼はまだ慢心しない。ランキングの上位にいる猛者たちの実力にはまだ及んでいないからだ。
「次はミステリーの予定だ……正直書けるのだろうか」
恋愛ものを書いている最中に思いついて軽くまとめておいたプロットを立ち上げ、細かいところを詰めていけるか眉をひそめる。しかし、全く挑戦しないという選択肢は彼にはなかった。
「まあ、意外と向いているかもしれないし。まずは挑戦だ。たしか、ミステリーはまず死体を転がすところから始まるとかなんとか……」
どのような死に方か。凶器は何か。それを可能とするトリックは、状況は、舞台は。人物は、動機は。考えることは山のようにある。
「あ、そういえばこのトリックって実現可能なのかな?」
専門外の知識が必要になれば関係書類を探し始める。あまりにも荒唐無稽になればただのファンタジーだ。できるだけ物語や設定の描写には説得力を持たせたいという彼のポリシーにはかなわない。
大枠を作り、次第に物語の像が浮かび上がってくる。数日のうちに、彼は新たな物語を紡いでいくことになるのかもしれない――。
「完結おめでとーっ!」
「いえーい!」
その頃、先ほどまで愛と祝福に満ちていた式場は盛大な打ち上げ会場に変わっていた。
「いやー、一時はどうなるかと思ったよ。作者が病気で倒れた時はこのまま打ち切りになるんじゃないかと」
「本当にケンカ別れのまま終わるところだったものね……」
メインヒロイン、洋子の父母がしみじみと娘の花嫁姿を前に頷いた。
「それどころか、私なんて重要な立ち位置っぽいこと匂わせておいて終わりの可能性もあったから……うう~、終わってよかったあ!」
物語の中でライバル役だった女性、奈々子が泣き崩れる。話の中でいかにいがみあっていても登場人物たちにとっては話の中で決着がつかないことの方がつらいものがある。
「しかし、うちの作者さん凄いね。もう次の作品に取りかかるんだろ?」
「もうちょっと余韻に浸って欲しいんだけどなあ……」
主人公、克彦と洋子の二人は新郎と新婦の姿で必死にネタ出しにうなる作者の姿を眺める。彼が必死に自分たちの物語を紡いで、愛してくれたことは確かだ。だからこそ彼の頑張りに感謝しているし、これからも頑張ってもらいたい。だがこれで終わりという事実に寂しさも感じる。
「あと、私としては
「それは作者さんのスピンオフやアフターストーリーがあるかもしれない。この最終話は一つの区切りであって俺たちの物語が完全に終わったわけじゃないからな」
「それはそうだけど……」
「それに、俺たちの子供みたいな存在はもういるよ」
「え?」
洋子が小首をかしげた。克彦は作者を指して続ける。
「次の話だよ。ミステリーの動機は愛や憎しみから生じるものが多い。俺たちの物語を書く前じゃきっと書けなかったと俺は思う」
「そっか。私たちの物語でいっぱい人の心の中について考えてたもんね」
「そうそう。俺たちの物語で培った愛憎のエッセンスはきっと次の物語の力になるはずだ」
克彦たちもまた、これまでの作品で作者が培った力を結集して作られた物語だ。一人一人のパーソナリティに過去の作品たちのキャラクターや設定、現実世界での経験が盛り込まれている。
「今回の完結を糧に、次の物語でも頑張ってくれよ、作者さん!」
「私たちの声は届かないけど、みんなで応援しているからね!」
この物語は一つのゴールでもある。だが終わりではない。それが作者にとってはまた新たな物語の始まりでもある。繋いでいく、作者は知識と経験を。物語はいくつもの人生を。
まだ見ぬ物語を紡ぐために。
ゴールテープの先に…… 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます