06
「この前はすまなかった」
「ちゃんと奢られてやるから気にすんな」
「ははっ、君は偉そうだ」
すっかり定番の挨拶にまで昇華したそんなやり取り。
秀一とは小まめにやり取りをしていたが、こうした顔合わせは朝倉家襲来以来になる。
忘年会シーズンも重なり、十二月はただでさえ忙しい大学生活を、更に忙しなくさせた。とにかく出席せねばならない飲み会が多いのだ。
なにせこのシーズンに恋人なしということは、とあるイベントをソロで乗り越えなければならない。自分たち野郎集団だけではなく、女性側もまた重大な危機感を覚えているのだ。むしろ男以上に躍起になっている。
つまり女性側が、男に求めるレベルを大きく下げるのだ。この下がったハードルを飛び越えなければ、いつ飛び越えられるというのか。宮野和寿ほどの男になれば、それこそ選り取り見取りのバーゲンセールというものだ。
十二月二十四日。
かくして今日という日を、可愛い女の子の代わりに、ハンサム王子を隣に置くという無残な末路を迎えたのであった。
「はぁ……」
「……どうしたんだい?」
大きなため息をつく自分に、秀一はなにがあったんだと眉をひそめる。
詳しい話は腰を落ち着けたら。言わずとも互いにそう了承していた。そんな店までの移動中、深刻なまでに顔を暗ませている自分に、秀一は抱えている今の問題に、なにかあったのかと心配したのだ。
「周りを見ろ、ヒデ」
「ん?」
言われるがまま周囲を見渡す秀一。
時刻は冬の夕暮れ前。そろそろ赤みが差し始めた、陽の光に照らされた時間帯だ。
この都市最大の駅前ということもあって人の往来は多い。むしろ普段より激しいくらいで、怪人獄門ちわわによる影響などどこ吹く風だ。
そんな日常にも近い風景を見回した後、秀一は首を傾げるだけ。自分の言いたいことがまるでわかってないようである。
「カップルだらけだ」
なのですぐに答えを差し出した。
繰り返しになるが今日は十二月二十四日。
本場では家族と親戚と過ごすべきイベントであるが、日本では違う。恋人が合法的にかつ、大々的にイチャイチャするイベントなのだ。むしろ男女が組となって往来を練り歩くことがマナーであり、それ以外は白い目で見られるべき蛮行とも言えよう。
今は明るいから助かっているが、日が暮れたらもうダメだ。男二人でイルミネーションに照らされた銀世界を行こうものなら、もうこの命はないものだと覚悟せねばならない。
「そして俺たちは今、どこへ向かおうとしている?」
「ホテルの上階だ」
「そこで俺たちをなにをする」
「夜景の見える席で、フレンチと洒落込むんだ」
「はぁ……」
そうしてまた自分は、深刻なまでの大きなため息をつくのであった。
毎度毎度奢ってもらっている手前であれだが、回れ右をして今すぐ帰りたい。
今日は聖夜だ。なにが悲しくて、ハンサム王子とクリスマスの夜を過ごし、ムード溢れた綺羅びやかな場所で、お上品な食事を洒落込まなければならないのか。
確信して言える。今までの人生で最も、女性の嫉妬を買う日となろう。いいからその立ち位置を、私と交換しろ、って。
虚しい。あまりにも虚しすぎる。
「ははっ」
この落ち込みは現在抱えている問題とは関係ない。男同士で過ごすクリスマスへの悲哀からもたらされたと知って、秀一は安心したかのように笑った。
「そんな君のために、今日は可愛い女の子を呼んでいるよ」
「なに?」
俯けていた顔を秀一へ向かって、瞬時に振った。
その顔には現金な奴め、と書いているようにも見える。どのような可愛い女の子なのか。それは着いてからのお楽しみとばかりにおかしそうだ。
妄想を膨らませながら歩いていると、すぐに目的地へと辿り着いた。
最上階を見上げるだけで首が吊りそうなホテル前。そこには待ち合わせの立ちん坊が群れていた。
秀一に呼ばれた可愛い女の子は、その中に紛れた一人。
けれど秀一に言われずとも、自分たちを待っていた女の子の正体は目にしただけでわかったのだった。
「ご無沙汰しております、お兄さん」
内田真理であった。
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