冬
01
すっかり銀色に世界が染まってしまった、十二月の頭。
一年以上もこの都市圏を騒がしてい通り魔事件。十一月に入ってから今日までにかけて、一度もその犠牲者は生み出されていない。
ノックアウトゲームの犯人が捕まったからだ。
犯人は未成年ということもあって、テレビでは高校二年生の少年Aくらいとしか、世間へ報じられることはない。
ただし、その名前と顔写真、プライベートでどういった人間だったかに至るまで、瞬く間にネット上で拡散していった。
加害者家族はこれから大変であろうが、そこは自分が考えることではない。
大事なのは犯人の正体だ。
自分はその名前を、春頃から知っていた。その顔、部活、評判すらも。
犯人は人気者のバスケの部エース。
そう、和民くんであったのだ。
戯言だと思っていたちとせの推理が、まさか真実を得ていたのである。
犯人が高校二年生であったことを知り、世間は大騒ぎ。連日連夜それを取り上げ、著名人から始まり心理学者、教育者、社会学者など、あらゆる専門家を呼んで、無責任に今回の事件を知ったかぶって、ああだこうだと論じているのだ。
だというのに、一ヶ月も経つと、ノックアウトゲームの話など誰もしなくなった。
未だこの都市圏を騒がしている連続殺人事件、怪人獄門ちわわ。犯行の動機は未だ不明で、解決の目処がまるで立たず。そんな警察への不信感から、自分たちの身は自分たちで守らんと、ちわわが獄門される事件が起きるようになったのだ。
室内飼いにも関わらず、不法侵入してまで獄門するその所業は、まさに狂気である。ちわわの飼い主たちは、怪人獄門ちわわだけではなく、恐怖に踊らされた狂人相手にも怯える日々を送っている。
つまるところ、かつて秀一が熱弁したわけのわからんことが実現したのだ。
それだけじゃない。東京でもまた、新たな連続殺人事件が起きていた。ネットではその連続殺人者を『妖怪人食い唐揚げ』と呼び、連日連夜世間を騒がしている。
今日、秀一に飲みに誘われ、「だったら奢られてやるか」と十月以来の再会を果たしていた。
とある話題をあえて避けながら、かつてのように互いのこの一ヶ月、その近況報告を始めたのだ。
妖怪人食い唐揚げ事件について、秀一は一つの見解を語っていた。
「これは無差別殺人なんかではない。この事件はまさに、現代のABC殺人事件だ。被害者の名字の頭を、殺された順に確認してみくれ。規則性がある計画的な犯行なのがわかるよ」
またわけのわからんことを、と思いながら確認するとマジで規則性があった。被害者の頭文字がいろはにほへとの順なのだ。怪人獄門ちわわの件もある。秀一の推理はきっと当たっているだろう。
自分のミステリブームはとっくに去っている。なんちゃらクリスティの話をされようとしたところで、本日の本題に切り込んだ。
「ちとせはさ、適当なことを言ってたんじゃない。本当にノックアウトゲームの犯人が、和民くんかも……って、悩んでいたらしい」
戯言でも妄言でもなく、ちとせなりにそう思わざる得なかった原因があった。
かつてちとせは、『溜まったストレスを、今はノックアウトゲームで解消してるんだろうね』と人間性を決めつけてまで語っていた。
それは真実だったのだ。ちとせが和民くんを袖にした夜、必ずノックアウトゲームは起きていた。一回、二回くらいなら偶然だが、それが続けば必然である。ちとせが関わっていない日にも事件は起きていたが、それはまた別のストレスが原因で犯行に及んだのだろう、と。
でも、表向きは和民くんに怪しいところはない。自意識過剰とも言えよう推理ゆえに、父さんに相談するか悩んでいたようだ。人の人生がかかっている。もし次が起こったときは、相談するつもりだったらしい。
あの日、『今日もまた、事件が起こるね』と言ったのは、相談するときは自分も一緒に立ち会ってもらいたいという、ちとせなりの甘えだったのだ。
ノックアウトゲームの犯人は捕まり、事件は解決した。ただ、
「ヒデにとっては、残念だ、と言うべきなのか?」
「どう、だろうね」
今回の事件は秀一にとって、綺麗な終わりかたではなかったのだ。
自分のせいで復讐を果たせなかった。からではない。
「まさか和民くんが、仁美の死に関わってなかったなんてな」
和民くんは、仁美を殺していないと主張しているのだ。
これだけの犯行を重ねてきたのである。そんな主張、通るわけがない。……と警察も言いたいところであったが、仁美が襲われたとき、彼にはアリバイがあったのだ。
家にいたとかであれば、家族の証言として扱いは軽いものとなる。だが当時和民くんは、バスケ部関連のイベントで、多くの者がその時間帯に姿を目撃していた。犯行は不可能だと、あっさりと警察は判断をくだした。
ただし、数多くの事件は自分がやったものだと認めていた。まるでやってもいない殺人を押し付けられるのはごめんだと主張するかのように。
和民くんの犯行に死人は出ていない。傷害罪に細かい色々が加えられ、未成年ということですぐに出てくるだろう。法による制裁の軽さに被害者たちは納得しないだろうが、その分社会が彼に制裁をくだしている。それこそ名前を変えないと生きてはいけないほどの、私刑が執行されたのだ。
だから、
「仁美を殺した犯人は、自首でもしない限り捕まることはないだろうな……」
朝倉家にとっての悲願が果たされることはないだろう。
仁美を殺してしまったことに焦り、手を引いたのかもしれない。ノックアウトゲームに興じているのは自分だけではない。これ幸いと無辜の民を装って、自分には関係ないと知らぬふりをしているのだ。
「それについては、もう諦めている」
文字通り秀一の顔には、諦念の色すら宿っていた。
「元々今回は、犯人を追うことが目的じゃない。仁美が残した謎、その真実を知りたかっただけだ。そこでたまたま、あの事態に遭遇したにすぎない。……ははっ、運が良いのか悪いのか」
期待をもたらされるだけもたらされて、取り上げられたかのようである。
「ありがとう、トシ。くだらないことで手を汚さずに済んだ」
「我が事ながら見事な活躍だった。やはり奢られてやるのは、偉そうでもなんでもない」
「全くだ。……君が止めてくれなければ、くだらない罪と一緒に、くだらない後悔を一生背負うことになっただろうね」
和民くんは仁美を殺していない。勘違いでそんな相手を殺した日には、亡き仁美だけではなく、まさしく誰も報われない。
あそこで秀一を止められて良かったと、全てを知った後、本当に安堵した。
仁美を殺した真犯人が捕まるだなんて大団円は、もうないだろうと確信していた。今できることは精々、のうのうと日常に戻った犯人に、なにかしらの酷い罰がくだされますように、と神へと祈るくらいだろう。
自分たちの中で、ノックアウトゲームはもう終わったのだ。
「……母さんのことだけどさ」
ふいに、そんなことを口にする秀一。
突拍子もない話、なんてことではない。むしろ今日の、もう一つの本題である。
「暇さえあれば、仁美の傍にい続けてきた母さんが、ここ一ヶ月離れるようになったんだ」
娘の死から立ち直れずいた母親が、ついに乗り越えんとする。朝倉家にとって、一つの転換期ともいえようほどの明るいニュースである。
だが、その息子の口は重く、晴れないそれである。むしろ暗雲が立ち込めた嵐の前触れ。他人事ではないぞ、という忠告にも似た口ぶりであった。
「なにかあったら、すぐに連絡するよ」
話はそれでおしまい。
その後、通夜のような雰囲気の中、話が盛り上がりを見せることなくその日はお開きとなった。
嵐が訪れたのは、その三日後の話である。
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