03
内田真理は、画策していた。
ストーカー行為を始めて早二ヶ月。めげない、こりない、諦めないの三カ条を掲げているとはいえ、夢は実らなければ意味がない。なにより、嫌われたならもっと意味がない。
一日中仁美に付きまとっているのではなく、チャンスがあればガツガツいく。その諦めない執着ぶりを、友人たちにストーカー呼ばわりされていたのだ。
どうやら仁美は、特定の親しい友人を作ってはいなかったらしい。
だからといって、周りを遠ざけてはいなかったようだ。声をかけられたなら返すし、教えを請われれば期待に応えている。グループワークでは協調性を見せ、周りを感心させていた。学年で片手に入るほどの成績もあり、誰もが一目置いている。それを鼻にかけず、顰蹙を買うような立ち回りは一切しない。少なくともよっぽどのひねくれ者以外には好かれていたようだ。
誰にでも公平であり、誰の特別にもならない。習い事漬けであると周りに告げて、休みや放課後はクラスメイトと交流がなかったようだ。
そんな仁美の特別になろうとする真理は、よほどの胆力だろう。
誰もが無理だと口にする中、真理には希望があった。
かの曲を音楽室で奏でていた、仁美の姿を見たからだ。
仁美との共通点は、自分が大好きな分野である。これは必ず突破口になる。
いくら仁美に執着している真理とはいえ、無遠慮すぎるわけではない。仁美が音楽室でこんな曲を演奏していたと吹聴はしなかった。あえて隠している一面であることくらいは心得ていたのだ。
前はテンションが上がりすぎて、ついピアノを演奏していた仁美にマシンガントークを叩きつけてしまった。当然、そのときは逃げられてしまったのである。
ストーカー三カ条を掲げる真理であったが、余暇の全てを仁美に費やしているのではない。活発なエネルギッシュタイプなだけあって交友範囲は広く、それなりに忙しい女子高生の青春を送っているのだ。
青春イベントの一つとして、バンド活動がある。
校外で育んだ交友からのガールズバンド。結成は中学二年生の頃であり、動画投稿サイトやSNSを中心に活動していたようだ。
真理いわく、歌声や演奏も評価されてもらえていた。ただし全てカバー曲であり、オリジナル曲は一つも出していない。プロデビューを見据えたものではなく、真面目なお遊びバンドとのこと。
好きな物を好きに演奏するのが始まりだったが、いつしか再生数とフォロワー数を増やすことだけを念頭に、流行りばかりを追っかけていたようだ。
そんな活動方針のバンドだったが、真理は人前でライブがしたい、オリジナル曲を作ってみたいと思うようになっていた。
提案をちょくちょくしていたようだが、新たな野心を抱くのは真理一人。活動方針と相反するので、いつしか煙たがられるようになっていた。
今のバンドでこのまま続けるか。
はたまたバンドを抜けて、新しいことに挑戦するか。
その決断をできずにいた、ある日。
今日も流行りの曲を追うぞと、撮影するため音楽スタジオに訪れた。
集合時間の十分前。
入り口をくぐった真理を待ち受けていたのは、
「朝倉さん?」
受付近くのベンチに腰掛けていた仁美であった。
誰の特別にもならないお嬢様学校の優等生。麦わら帽子を手にした白いワンピース姿の彼女が似合うのはひまわり畑であり、こんなやかましい場所ではない。
未知なる生物と遭遇してしまったかのように、目を見開き真理は唖然とした。仁美もまた意外な場所でのストーカーとの遭遇に、目を剥きギョッとしたようだ。
かつて音楽室で受けた衝撃。それを大きく上回るほどの衝動が、真理の中から込み上がる。
「朝倉さん、なんでここににいるの!? スタジオにいるってことはもしかしてバンドやってるの!? あの曲を弾いたりするくらいだもの、ロックが好きなんだよね? 担当はなんなの!? 待って待って、当ててみる……あんなにピアノが上手いんだもの。キーボードでしょ!?」
テンションが最高潮。かつての失敗を大きく上回る、マシンガントークを叩きつけたようだ。
後になって真理が振り返るに、完全にドン引きされていたようである。
困った仁美の様子に気づかず、返事を待たずなおもマシンガントークを叩きつけようとすると、
「ごめん、お待たせ仁美」
スタジオ内に入ってきた、茶髪の女の子が仁美を呼んだのだ。
宮野ちとせである。
いかにも困ってますな仁美と、ハイテンションの真理。
二人の顔をしげしげと見比べ、ちとせは首を傾げた。
「……お友達?」
「ただのクラスメイトよ」
そしてバッサリと、おまえは友達じゃないと断じられたようだ。
面倒な奴に見つかった。
そう言わんばかりの面持ちの仁美であったが、次に現れたのはその面倒を上回る、大いなる脅威であった。
「おい、ちとせ。車にスマホ忘れてんぞ」
スタジオ内に入ってきた、イケメン(希望)大学生である。
「ヤバ!」
驚愕したちとせは、かの有名な絵画のように叫んだ。
仁美も悲鳴こそあげなかったが、その顔をこれでもかと強張らせている。
二人の顔はいずれも、どうしよう、と驚愕しているのだと真理には映った。
なにがそんなにヤバイのか。なにをそんなに二人は狼狽しているのか。真理は考えるよりも先に、次の瞬間には身体が動いていたようだ。
「ん?」
「ど、どうもー……」
怪訝な顔をするイケメン大学生に、引きつった笑みで真理は応じる。
「ちょ、ちょっとこの娘……色々、あって……」
言い訳がましく、かつわざとらしい真理の口ぶり。訝しんでくれと主張せんばかりのしどろもどろさ。
それほどまでにその行動が唐突なのだ。
胸元に仁美を抱き寄せていたのである。イケメン大学生にその顔を見せてはならないとばかりに、突拍子もない行動に出ていた。
ちとせもその突拍子のなさに驚きはしたが、
「そうそう。慰めるのに男の人はいらないの。忘れ物ありがとう。さ、おにいは帰った帰った」
それに乗っかりイケメン大学生を店外へと押し出していったのだ。
驚異が消え失せたのを確認すると、真理は慌てながら仁美を開放した。
「ご、ごめんなさい!」
キョトン、としているその顔に謝罪する。
上がりきったテンションは今や落ち着き、真理は冷静さを取り戻していた。
またやってしまった、と。
「な、なにか事情がありそうだったから、つい……」
言い訳のように真理は声を上げる。
仁美の顔ならいつまでも見ていられる真理であったが、今回ばかりはバツが悪く、逃げるように顔を逸らしてしまった。
絶対に嫌われた……
そう確信してしまった真理は、恐る恐る仁美の顔を伺った。
そこにあったのは、憤りでもなく、呆れたそれでもなかった。
「助かったわ」
いつも困らせてばかりだった仁美から、初めて微笑みを向けられたのだ。
信じられないものを目の当たりにし、真理は面をくらったようである。
どんな言葉を紡げばいいのか。そう迷っているとき、
「はおはおー、真理」
バンドメンバーの一人が到着したのだ。
どちらを優先しなければいけないか。いくらストーカーとはいえ、真理は模範的な女子高生。蔑ろにしてはいけないものくらいは心得ていた。
「そ、それじゃあまたね、朝倉さん」
そう言い残し、仲間と合流することでその日は終わったようだ。
次の登校日。
すました顔で登校してきた優等生。皆と挨拶を交わす様を、真理は遠目から見ていたようだ。
音楽スタジオで起きた、小さな騒動。
ここは三カ条を掲げ、お近づきになろうとすることこそが、ストーカーの正しい在り方であったが止めたようだ。
あれはきっと、仁美の弱みである。
それを振りかざしお友達になろうなど、真理の善良な人間性が許さなかったのだ。
あの日のことはなにも見なかったことにしようと、心に決めていたようだ。
いつもと変わらぬ、楽しい高校生活を最後まで過ごした。そして明日も、明後日も、そうやって変わらぬ毎日を送るのだろうと真理は信じてすらいた。
変化が訪れたのは、その日の放課後。
「内田さん」
いつも逃げられていたストーキング対象から、接触があったのだ。
「あ、朝倉さん?」
ここは喜ぶところのはずなのに、ついその声は上ずった。
親しみのない、生真面目なその顔。あのときの微笑みとは縁遠いものである。
「少しいいかしら?」
「う、うん」
誰の特別にもならない優等生からのお誘い。それに驚いたのは真理だけではない。何事かとばかりに教室がざわめいたのだ。
このとき真理の友人たちは、ついにストーカーへのブチギレか。二度と関わるなという叱責のために、連れ出されたと確信すらされていたようだ。
仁美の背中を追う内に、辿り着いたのは音楽室。
かつて仁美の中にとんでもない仁美を見つけた地であった。
「内田さん」
背を追ってから仁美は初めて振り返ると、
「ありがとう。一昨日は本当に助かったわ」
あの日見た微笑がそこには浮かんでいた。
「えっと……どういたしまし、て?」
意外な展開に心がついていかず、真理はつい頬を掻いてしまった。
そんな滑稽さが面白かったのか、仁美は笑いをこらえるように口元を押さえる。
「なんで疑問形なのよ。いつもの勢いはどうしたの?」
「いや、その……余計なことじゃ、なかった?」
「助かった、と言ったでしょう。あの人に顔を見られるわけにはいかなったから。まさに危機一髪だったわ」
「事情は……聞かないほうがいいよね?」
「ええ、聞かないでくれると助かるわ」
「わかった。なら、聞かない」
聞き分けよく仁美の願いに従った。複雑な事情を察したのだ。
仁美がちとせと親しくしているのは、あの短いやりとりでわかっていた。そんなちとせが、顔を見られてはならない男をおにいと呼んでいたのだ。ストーカーとかのような、仁美に害なす存在ではないと思ったようである。
気になる事情であるが、そこに踏み込むほど真理は節度のない女の子ではなかった。
「ありがとう。その代わり、あの日の質問に答えさせてもらうわ」
「あの日の質問?」
「バンドをやってるの? って聞いてきたじゃない」
自分の言ったことも忘れたの、とばかしに仁美はクスリと笑った。
「『ひととせ』というバンドをやっているわ。担当は、作詞作曲よ」
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