seventeen bullets 君がいた

 俺は弾丸の入り乱れる臼井の1人舞台へ飛び込んだ。

 包囲されている広場を激しく動き、敵に近づいていく。中央にいたハンドガンの敵は迫りくる俺に危険を察知して逃げ出した。

 俺はその敵の後ろを追いかけず、左サイドに駆け出す。

 丸い鉄塔の跡地に足をかけ、体をひねりながら飛ぶ。回転する視界の中に、自陣側からこちらへ向かってくる敵に向かって2発の弾丸を放った。

 敵は機敏な動きで避ける。俺は自陣側から来る敵を迎え撃つため物陰に隠れ、弾倉を素早く取り換えた。


「こちら北原。R地点の敵は倒した」

 先ほど撃ち損じた敵は北原が倒したようだ。これで数的に有利なったが、俺もどうかしてる。複数の弾丸の中に飛び込むなんてあり得ない。そのあり得ない狂者を作った元凶は、長い金髪をなびかせて左サイドから敵陣方向へ走っていく。

 光る汗を纏い、薄く含んだ笑みを携えて走る様は、走ることを得意としていた汐織の影を引き連れているようだった。


 俺は導かれるように再び走り出す。

 臼井と走っている。それが子供の頃に戻ったような感覚を思い起こさせた。

 汐織と共に駆け抜けた、あの山の裏手の広場で見た景色と、いつもそばにあった笑顔。叶わなかった願いは、色褪せることなく、俺の中で鮮明なまま俺のそばにいた。ずっと、そばにいてくれていたんだ。


 俺は探していたんだろう。失くした物を取り戻す答えを。

 それが欲しくて、汐織の影を見失わないようにずっと追いかけていた。でも、走っていたはずの汐織の影が急に立ち止まって、俺に振り向こうとしてしまう。汐織が走るのをやめたら、俺は追いかけられない。

 俺は追うことができなくなりそうな前兆を察し、背を向けていた。汐織との約束とか、伝えたかったこととか、悔やんで生きていたかった。

 そうすれば、汐織の影を追い続けることができるから。


 俺の前に現れた臼井が汐織の足を止め、俺の足を止めた。分かってしまったら、俺は二度と汐織を追えなくなるだろう。汐織との本当の別れを告げ、忘れてしまう恐れを抱いていた。

 でも、もう恐れることなんてないんだ。


 俺の答えは、ここにあった。


 俺にそう教えるために、汐織は臼井を引き合わせてくれたのかもしれない。

 エヴァンスチームのみんなが、走り回っていた幼き俺の記憶を繋いでくれた。遊び疲れるまで楽しんだあの日々と、約束の意味を。


 俺と臼井は、錆びついた小さな焼却炉のある開けた場所へやってきた。

 その瞬間、待ち構えていた2人の敵の弾丸が一斉に浴びせられる。澄み渡った脳内を持った俺達の目は、不意の攻撃の弾道を読み切った。

 不規則に動き回っていく俺達に翻弄され、敵も動き続けていく。

 臼井が俺とぶつかりそうになる。俺は走りながらとっさに身を屈めた。臼井は俺の背中に手をつき、体を回転させながら飛び越える。

 俺と臼井は阿吽の呼吸で不規則な動きから連携を強め、より複雑さを持たせていく。移動しながらの発砲に、敵も負けじとついてくる。

 さすが決勝戦に上がってきたチームだけあって粘り強い。


 その状況に、俺は自然と湧き上がる楽しさと喜びを感じていた。

 あの頃の続きをしているような感覚が、俺の景色を広げていく。俺は並走する臼井を横目に捉える。

 臼井の体を借りた汐織の影がいた。そして、俺と走っている。いずれ訪れることだった。俺は、言わなくちゃならない。


 俺は一心不乱に動き回る。セッティングされた備品の空き箱を倒すわ、丁寧に彫刻されている壁の上に飛び乗って移動するわ、やりたい放題。敵に何度も銃口を向けていく。

 臼井の銃が鳴けば、俺の銃も鳴いた。トリガーを引くたびに、感触が俺の人差し指に沁みる。餞別せんべつの弾丸がくうを裂いていく。

 俺は想いを込めて撃っていった。この場にいてくれる汐織と一緒に。同じ的である明日に照準を定めた。


 顔を見なくても分かっている。病室にいた時のように、また瞳に涙を浮かべた笑顔をしているんだろう。それを少し離れて並走する汐織と、同じことばを詰めていた。


『『』』


 俺はちゃんと汐織と別れる。

 俺は汐織を追い越していく。汐織に行き先を決めてもらうのではなく、自分で選んで進んでいくと決めた。

 もし、また戻ってきたくなったら、俺を追いかけてほしい。俺が生きている時間を、汐織にも見せるから。楽しい人生を、君に……。


「椎堂君っ!」


 臼井の叫び声は何かの合図だったか。特に打ち合わせはなかったはずだ。走りながら臼井の姿を探そうとした時、目の前に突然影が覆い被さる。

 上に視線を向けた瞬間、臼井が飛び込んでくるのを捉えた。1秒の間もないうちに、俺の額は激しい衝撃を受ける。ずしんと重い衝撃が頭と全身に入り、目の前が暗転した。


☆ ☆ ☆


 油が網の上から落ち、高温になっている炭に当たって弾けていく。

 煙と共に肉の香りが店内を彩る。

 俺はエヴァンスチームのみんなと一緒に焼肉店にいた。

 俺と臼井は暴れまわった挙句、互いに頭と頭をぶつけて倒れた。クラクラする視界の中、体を起こしている途中で、俺と臼井はフリーズコールを宣告され万事休す。

 エヴァンスチームは準優勝で大会を終えた。準優勝の景品として、焼肉店の食べ放題無料券を手に入れ、現在その無料券を速攻使っている次第である。


「あぁあ"あ"! やっぱり頑張った後の酒は美味いなぁ!!」

 梁間は大きな息を吐き、祝い酒に浸る。

「梁間さん。ここは他のお客さんもいるんですから、飲み過ぎないでください。僕達が悪酔いに対応しなければならなくなるんですから」

「わーってるよ」

 梁間は水を差されて不満げに新内の指摘を呑み込む。

 病院で検査してもらった結果、そこまで大した捻挫ではなかったこともあり、簡単な処置と薬を受け取って新内は戻ってきた。

 俺達の最後の結末を聞き、この世の終わりに絶望する顔で「そうですか」とだけ言われてしまったらもうどうしようもない。

 俺はいたたまれなくなって謝罪するしかなかった。臼井と同じくそそっかしい人だと思われたのなら心外だ。


「2人とも凄かったです!! 僕、あんなの見たことなかったですよ!」

 興奮気味に試合の感想を伝えてくる一条。

「でも2人揃っておでこに絆創膏って、どうなんですかね?」

 新内は冷めた視線を向けてくる。何も言えない。

「頑張った証だよ。新内君!」

 臼井は肉を口に含みながら言う。

「まあ、ちょっとバカっぽく見えるけどな」

 北原は焼けた肉や野菜を臼井の皿に乗せる。

「椎堂さんがおでこに絆創膏……ぶふっ」

 酔いが回っているせいか児島は憎たらしく笑っている。

「失礼ですよ。児島さん」

 石砂さんがたしなめる。

「ただ、お前の最後の動きは良かったよ」

 北原が突然俺を褒め出す。

「疲れたけどな」

 ガヤガヤとしている店内に呑まれるかのように自嘲する。


「楽しそうだったな」

「えっ?」

 俺の前に座る北原は笑みを浮かべ、俺を見つめてくる。

「きっと大丈夫だよ、お前は」

 俺もつられて笑みを浮かべた。

「……ああ」


「妬けますねぇ~」

 滝本さんがニヤニヤする。

「何がだっ!」

 ギロリと北原の目が滝本さんに向く。

「いえ、ちょっといい雰囲気だなーと思っただけですよ~」

「いつまで言ってんだお前は~!」

 北原は巻かれて筒状になったおしぼりを滝本さんの顎に突き当てグリグリしている。

「もう、そんなに照れなくてもいいじゃないですかぁ~」

「照れてねぇっ!」

「ふふっ、北原さんって意外と乙女なのね」

「桶紙まで何言い出すんだよっ!」

「そうだよ。椎堂君」

 北原と滝本さん、桶紙さんとの微笑ましい言い合いを傍目に、臼井が俺を呼ぶ。

「Let's enjoyだよ! 椎堂君」

 そう言って、臼井はにこーっとあふれる笑顔を立てた人差し指で指した。ご飯粒がついた顔で。だらしないリーダーだ。

 俺は一瞬面食らってしまうが、さきほどの決勝を思い出して温かい気持ちに浸る。

「そうだな」


 汐織は残してくれたんだ。

 俺達が作っていった過去は、いつまでも変わらないと。それを強く想い、俺達にあの約束を残して託した。

 悔しかっただろう。もう同じ時を過ごせなくなることを。だから、形だけでも生きる方法を選んだ。心臓を他者に預け、同じ時を刻めることを夢見た。それが叶っている今、俺達の約束はすでに果たされているはずだ。


 臼井の心臓が汐織のものじゃなかったとしても、俺が銃を握って、一緒に走り回っていたあの頃の続きをしていることに変わりはない。

 純粋に楽しかったあの時と同じように、また笑い合える仲間がいる。

 大人になっても銃のオモチャで遊んでることを汐織が聞いたら、笑われるかもしれないな。

 今度墓参りにでも行こうか。そして伝えよう。

 また、遊ぼうぜ。

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残弾 國灯闇一 @w8quintedseven

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