fourteen bullets 決勝間近

 決勝まで残り30分。メンバー申請締め切りまであと10分になった。俺はようやく書いたオーダー用紙を見る。間違いはない。

 俺は屋外の飲食スペースエリアのテントの中にいた。周りを気にすることなく書くには、一般客がくつろいでいるここが一番良かった。作戦もばっちり練っている。俺は席を立ち、万全の準備を整えて試合会場に向かう。


 俺は試合会場の前へ戻ってきた。中に入って早々、集団に注意を向ける。迷彩柄の服にカートリッジ、黒光りの銃がちらほら。試合会場のセーフティエリアには決勝で戦うチームがいた。大分年齢層の高いチームのようだが、なかなかの体格をしている。一瞥いちべつした後、セーフティエリアの奥にある簡素な受付に向かった。

「お願いします」

 一言と共にオーダー用紙を提出する。しかし、イベントスタッフの女性はオーダー用紙を見て、不可思議な物を見ているように目を丸々とさせていた。

「エヴァンスチームさんの決勝オーダーは、もう受け付けてるんですけど……」

「え?」

 どういうことだ。

「変更ならできますが」

「その……誰が提出に来たか覚えてますか?」

 俺は戸惑いながらスタッフに聞く。

「長い金髪の女性でした。確か……臼井さん」

 臼井が……。

「すみません。申請は取り下げます」

「あ、はい」

 俺はスタッフから申請用紙を返してもらい、控室に向かって走る。


 俺は走った勢いのまま扉を開けた。驚いた様子でみんなが俺に視線を向けてくる。

「どう……」

「おい、臼井。どういうつもりだ!」

 俺は児島の問いを遮って臼井に問いただす。

「うん。ちゃんと説明するよ」

 臼井はソファから立ち上がって歩き出す。

「椎堂君が考えた決勝で戦うメンバーは私と夏希ちゃん、セイラと桶紙さん、石砂君、一条君」

 そう言って俺の持っていたオーダー用紙を取って確認した。

「うん。大正解」

 臼井は得意げな顔で頷く。

「まあこの手が一番妥当だよね。でも、私と一条君、そして夏希ちゃんのスリーオンバックバレットTOBBは相手チームも知ってるわ。ペイントシューター観戦ブースの屋外ヴィジョンで、ブラントンチームの選手が熱心に観戦してた。かなりデータ分析を重視しているチームみたいね」


「まだ見せていない戦術もあるし、可能性は残されてる」

「そうね。可能性は残されてる。でもね、私考えたの。一番の奇策を」

 ウィンクする臼井に戸惑いを隠せない。臼井はそう言うとくるりと反転し、さっきまで座っていたソファへ鼻歌交じりに向かっていく。近くに座っていた北原から紙を受け取る。

「ありがとー」

 企んだ笑みを口元に含みながらまた戻ってくる。

「括目せよ! 我が奇策をっ!」

 俺にその紙を見せつけた。俺は固まってしまう。俺の名前がオーダー用紙に書かれていたのだ。

「ちょっと待て。俺は出られないだろ!」

 俺は動揺しながら反論する。

「でも、受け付けできたよ?」

「それは……えっ?」

 最初に大会に参加申請する時、選手人数と名前などを記載の上、応募する。

 俺は間違いなく応募した。俺の名前を書かず。しかし、注意事項欄にはこう書いてあったはず。


“メンバーの変更等があれば、申請期限までに運営委員会に連絡して下さい”


 そういえば、この大会の申請をしたかどうかを臼井がよく聞いてきていた。初めから考えていたのか。俺は眉間に皺を寄せる。

「ごめんごめん。苦肉の策で用意しておいただけだから、まさか本当にやることになるなんて思ってなかったんだよー」

「今の俺が出ても、決勝で勝てないぞ。最近銃も撃ってないし」

「大丈夫だよ」

 その笑みには自信しかなかった。俺を信頼し、言い切った。そう感じた。

「私と椎堂君ならきっと大丈夫。ううん、絶対大丈夫。私、椎堂君と同じ場所で撃ってみたい。そう思って、椎堂君のこと、いっぱい調べてたんだよ」

 臼井は部屋の隅にひと塊にされたいくつかの荷物の中の1つに近づき、チャックを開け、中身を漁り出す。

「あっれー、おかしいなぁ。ちゃんと鞄に入れたはず……」

 臼井は色々な物を外に出す。臼井の足元はどんどん散らかっていく。呆れた北原のため息が横から聞こえてきた。

「あった!」

 臼井は立ち上がり、「じゃじゃーん!」と効果音を添えて手に持ったノートを俺に見せた。ノートの表紙には『椎堂君ノート』と書かれている。

「椎堂君をチームに入れるって決めてから、調べてたんだよ」


 俺は臼井に差し出されたノートをおずおずと受け取る。

 ノートを開く。俺のプレイスタイルや使ってる銃、動きの癖などが事細かに書かれていた。

 ちょっとだけ引いた。まあ、俺も人のことは言えないが。

「梁間君も、昔大会に出てた椎堂君の映像撮ってたから、それ借りたりしてもう大変だったんだよ~」

「なんで……」

「だから、一緒に駆け抜けてみたいんだよ。ぜーーーーったい楽しいから!」

 臼井は期待を込めた視線でもって詰め寄る。臼井のあまりのテンションの高ぶりにあとずさる。

「楽しいとかじゃなくて、新内のためにも、俺は勝つつもりでいきたい」

 俺は立ち直り、意見をぶつける。

「もちろん楽しんで勝つよ」

「そうですね。Let's enjoy! go ebums! ですからね」

 滝本さんは笑みを零し、会話に加わる。

「椎堂さん、もうここは出るしかないですよ」

 児島は立ち上がって臼井の後押しをしてくる。

「私も、椎堂さんのプレーを見てみたいわ」

 桶紙さんも臼井に賛成した。後ろで石砂も首肯する。

「でも……」

「もう諦めろ。椎堂」


 北原は立ち上がって、俺に近づいてくる。

「お前も片棒を担いだな」

 俺は疑念を込めた視線を向ける。

「言っただろ。臼井がそうするなら私もそうするって」

 北原は不敵な笑みをたたえ、視線を交える。決意めいた瞳は、倒れてしまいそうな錯覚を覚えた。北原は俺から視線を外すと、携帯画面を見せつけてくる。

 17時45分。すでにオーダー申請終了時間を過ぎていた。俺は肩を落として、深いため息を吐く。

「本当に勝手だな」

 臼井と北原は顔を見て笑い合い、ハイタッチしている。

 控室は緊張から解けた空気に変わり、その落差がより一層俺の中に覚悟を生み出していくのが分かった。

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