four bullets 鉛の弾

 俺は見慣れない街を歩いていた。ずんずん前を行く北原についていく。

 北原に聞いても何も説明してくれない。とりあえずついてこいとだけ言い、何も言わせないオーラを醸し出しながら先導されるがまま。

 北原は大きなマンションに入り出す。俺はたじろいだ。いきなり知らない建物に連れて行かれ、平然な顔して「はいそうですか」と中に入れるわけがない。

 何階建てなんだ……。

 空高くそびえるタワーマンションを見上げながら絶句する。

「おい、ボーっとしてんなよ」

「あ、ああ」

 北原に追いつくと、厳重な扉の前で止まって何かしているのが見えた。扉にはめ込まれた静脈センサーに触れているようだ。当たり前のように扉が開き、北原が中に入っていく。おずおずと北原に続いた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 北原は警備室の窓口からの出迎えの声に挨拶を返す。


「ここってまさか」

「私の部屋がある」

「金持ち、なんだな」

「実家がな」

 普通に話してくる北原に異常なほど違和感がある。

 ホテルにありそうなエレベーターに乗り込む。かなり大きなスペースが設けられており、内装もエレガント。これからVIPルームのフロアに行くんだという雰囲気が伝わってくる。


 エレベーターは33階で止まった。洋館のような廊下を歩いている自分が場違いな気がしてくる。廊下の豪華な雰囲気に怖気づいている間に、北原は部屋のドアを開けた。

「入れ」

「ああ……」

 俺はまだ北原がお嬢様スペックを持っていることに追いつけていなかった。戸惑いながらドアを閉める。

 俺と北原はリビングに入る。リビングは1人暮らしをするような広さじゃなかった。

「ビールでいいか?」

「ああ……」

 北原は鞄を部屋の端に置き、グレーのダッフルコートを脱いで丁寧にハンガーにかける。

 赤いスカートが目を惹く。上は白のブラウスが見えるが紺色のカーディガンが覆っている。仕事終わりのインドア感が目に見えて強調された服装の北原は新鮮だった。本当にOLなんだなと感心する。

 木目調の床が温かい。床暖房に、自動で電源が入るエアコン、オートライト。埋め込み式のライトの温かい光が広い部屋を照らしている。俺はアンティーク調の椅子に腰かけるも、まだ落ち着かない。


 ただの飲みなのか……。大きな冷蔵庫からビールを取り出した時、中身が見えた。大容量の冷蔵庫の割に中身はあまり入っていないようだ。その代わり、ビールには当分困らないんじゃないかというくらいの量をチラっと見た。

 北原はビール瓶とコップを2つ持ってくる。

「今更だけど、不用心に男を入れていいのか?」

 俺は懸念を示す。

親父オヤジみたいなことを言うな、お前」

「は?」

 北原はまたキッチンに歩いていく。

「私だって自分の部屋に入れる男くらいちゃんと選ぶ。言っとくけど、別に許可してるとかそういうんじゃねえからな」

「分かってるよ」

「チッ……これだけかよ」

 北原は足で引き出しを閉める。本当に金持ちの娘なのか……。北原はつまみの菓子類と栓抜きを持ってきた。

「つまみ足りなかったら言えよ」

「ああ」

「氷は冷蔵庫の2段目にあるから適当に取ってくれ」

 北原はそう言ってビールの栓を抜く。


「で、どういうつもりなんだ?」

 電車を降りようとした俺を止めた意図を聞いた。

 北原はビール瓶を持ってコップを持つように促してくる。俺はコップを持ち、ビール瓶の口に近づける。

「お前と未生に何があるのか知りたい。そう思っただけだ」

「酒でも飲み交わして話しやすくしようってことか」

「話したくなかったらいい。飲む相手が欲しかったっていうのもあるからな」

 俺は北原が自分で注ごうとしたのでビール瓶を奪った。北原はクスッと笑ってコップを差し出してくる。ビールを注ぐ爽快な音が暖色の明かりに照らされた部屋の中に響く。俺はビール瓶を机に置き、コップを持つ。

「乾杯」

「乾杯」

 コップ同士が軽くぶつかり、カンと音が鳴る。俺と北原はビールを一口飲む。


「お前、毎日飲んでるのか?」

 俺は何気ない話を振る。

「いや、週に2回くらいだよ」

 北原はピーナッツの入った袋を開けて食べている。何か質問してくるわけじゃない。ただジッと俺の言葉を待っているようで、たまに俺に視線を向けてくるだけだ。逃げ場をなくされた気分になる。

 袋をクシャクシャと鳴らし、噛み砕く音が静寂に残響していく。俺は無言の圧を前にして諦めた。

「……臼井の心臓は、俺の昔の友人のものかもしれない」

「昔の友人?」

 北原は眉をひそめる。

「汐織って言ってな。小学生の時、一緒にサバゲーで遊んでいた女の子がいた。その子は、小6で亡くなった。最近知ったんだが、その女の子はドナー提供者になっていたんだ。そして、汐織の心臓が使われたかもしれない」

「それが未生の心臓か?」

 北原はピーナッツを食べながら聞く。

「分からない。ただ、汐織と臼井の共通点が多過ぎる。偶然だと思えない。いや、俺が偶然にしたくないと思ってるんだ」

「未生がその汐織って子の心臓を持っているからって、何か問題があるのか?」

「約束したんだ。また一緒に遊ぼうって」

「……」

「そんなことかって思ったろ。自分でもそう思うよ。でもずっと残ってて、俺に訴えかけてくる。なまりの弾が、ずっと胸の奥で……」

「なるほどね……」


 北原はゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲む。コップを口から離して、盛大な吐息を吐く。

「それでお前は、ずっとペイントシューターをやってるのか」

「……ああ」

「未生がお前を見た時に言ったこと、覚えてるか?」

「俺がペイントシューターを楽しんでないって話か」

「未生は優しい性格とはちょっと違う。強情でおとぼけで我がまま。だけど、気になった奴ならほっとかない。あいつはそういう奴だ。未生がお前を気にしたのはなんだろうな」

 北原はそう言って、空になっていた自分のコップにビールを注ぐ。

「お前が苦しいなら助けてやるさ。未生がそうするなら、私もそうする」

「本当に仲良いな。お前等」

「そうだな。ペイントシューターで会ったプレイヤーの中で、一番信頼してるよ」

「臼井が聞いたら泣くかもな」

 俺は冗談交じりにそう言った。

「鬱陶しく抱き着いてくるから、本人の前では絶対言わないけどな」

 俺は燻製ベーコンを取り、封を開ける。

「私は、未生に救われたんだ」

「えっ?」

 唐突に出てきた言葉に困惑する。

「未生に会う前は、他のチームでやってた。合宿の時、戦ったチームの1人。金髪ドレッドの男、あいつも元は同じチームだ」

「じゃあ、北原もターコイズだったのか?」

 北原はクスッと笑う。

「いや、あのチームはあいつが作ったチームだ。私達は気兼ねなくサバゲーを楽しむような集団だった。普通にサバゲーのスリルを楽しんでた趣味仲間」

 北原はなつかしむようにしっとりとした口調で話す。

「時代が変わって、ペイントシューターがサバゲーを愛好する奴等の間で急速に広まった。私達のチームも、ペイントシューターの魅力に惹かれたんだ。ペイントシューター施設が続々と開設され、銃も変わっていったけど、サバゲーで使ってた銃のモデルも売ってたし、全然不満なんてなかった。むしろ、ルールが明確になって疑心暗鬼にならずに済んだ」


 北原は身を乗り出して俺の前にある燻製ベーコンを取り、口に運ぶ。

「ペイントシューターは世界的に楽しまれるスポーツ。上で活躍する奴と同じような動きをしてみたい。プロの選手のようになってみたい。そんなことを思ってやろうとする。そのためには、上を目指すしかない。だから私達は競技性を追求するようになった。それで大会に参加し出したんだ」

 北原は眉をひそめて、ビールを口に運んだ。

「それに伴って、チーム内に温度差が出始めた。体育会系のやり方についていけなくなった奴が何人か出てきてな。チーム内でギクシャクすることが多くなった。今まで当たり前にいたはずの仲間と嫌な形で別れるくらいなら、ほどほどの付き合いで趣味を楽しめた方がいいなって、つくづく思ったよ」

 落とした視線はモダンな机の上で微動だにしない。長い睫毛を持つ瞼が瞬きした後も、輝きを放つ頭の中のアルバムを開いて、思い出を想像して再現しているような気概を感じる。


「私はチームから離れて、野良でチームを組んでやるようになった。即席のチームなら、対戦チームといざこざがあってもどうでもいいと思えるし、初対面同士ならお互いに距離を測りながら連携しようとするしな」

「そうだな」

「4年くらいそういうやり方をしてたら、あいつが急に話しかけてきたんだ」

 北原は優しい笑みを零した。

「同じ会社内にいたけど、ほとんど話したことなかったのに、ペイントシューター施設のストラップを携帯につけてるのを見つけて、あいつが近寄ってきた」

 なんとなく想像がつく。勝手に好いて、犬のようについてきたんだろう。

「適当に相手して話しているうちに、ペイントシューターしてたらいつの間にか、あいつが隣にいるのが当たり前になってた……。あいつがチームを作って、大会に出たいって言った時、最初は抵抗あったけど、未生とならいいかって思えた」

「そんな話を、なんで俺に……」

「信頼できる仲間だと思ったからだよ。なまりが取れたら、お前もきっとそう思うよ」

 しっとりと落ちる静けさを纏う部屋の中、ビールの注ぐ音が鳴る。とても心地良い感覚だった。俺と北原は深い夜を過ごしていく。

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