five bullets 送迎
俺は少し寒さを感じて目を開けた。見慣れない大きなテレビが映る。体にかけられた毛布を取り、気だるい体を起こした。
首を振って周りを見回す。見覚えのある机と大きな冷蔵庫を捉える。北原と飲んでいたことを思い出す。飲んでる途中で寝てしまったらしい。
窓から見える夜明け前の空がもう朝であることを告げていた。ポケットに入った携帯で時間を確認する。
5時半か。そろそろ出ないとな。
北原の姿は見えない。寝室で寝ているのだろうか。寝てるならそのまま寝かしておこう。俺は忘れ物がないか確認して、玄関に向かった。
俺はマンションの外に出る。北原は送ってくれると言っていたが、まだ寝てるようだし、わざわざ起こして送ってもらうのも気が引けた。
一応北原にメールを送っておく。俺は携帯で電車の時刻を調べながら駅へ向かう。すると、北原から返信があった。
『まだ始発出てないだろ。津田沼駅の南口で待ってろ。車を寄こす』
俺は返信する。
『お前まだ酒抜けてないんじゃないか?』
『運転するのは私じゃない』
『誰だよ?』
『待ってれば分かる』
なんかはぐらかされた気がするが、大人しく駅で待つことにする。
津田沼駅の南口についた。まだ
俺は雀の鳴き声を小耳に挟みつつ盛大に欠伸をする。寒い……。
俺はポケットに両手を入れる。俺が朝焼けの景色に視線を向けようとした時、黒のスーツを着た男が目の前に続く歩行者用の高架通路を歩いて、津田沼駅の南口に向かってきていた。
妙な雰囲気を醸し出す老齢の男に、なんとなく目を合わせたくなかった。
「あなたが椎堂さんですか?」
どうやら当たりらしい……。
俺は諦めて男に顔を向けた。メガネをかけて頭をジェルワックスで固めている男。40代後半から50代前半だろうか。優しく落ち着きのある口調は品格を感じる。だがなんだろうか、この男の放つ異様な雰囲気は。普通の老人じゃない。
「はい。北原……さんの……」
俺は様子を
「はい。夏希お嬢様の執事でございます」
「……そう、ですか」
執事がいるのか。
「車は下に止めてありますので、少しご足労願います」
「はい……」
俺は執事の背中についていく。
北原って相当なお嬢様なのか。アレで……。
俺は笑いそうになって奥歯を噛む。笑う代わりに息を吐いて落ち着く。
俺はあまりの執事感漂う服装に興味が出てきた。
「あの、執事さん」
「
「……白間さんは、その……寒くないんですか?」
さすがにその服装で街を歩くのはどうなんだ、って言うのはハードルが高かった。初対面だしな。
「防寒にも優れた素材を使用しておりますのでご心配には及びません」
「そうですか」
階段を下りると、手前の路肩に高級車が止まっていた。執事の白間さんはドアを開けて待ってくれる。
「頭にお気をつけください」
「ありがとうございます……」
俺はあまりの好待遇にそわそわしてしまう。
俺は浅く座って背筋を伸ばしていた。庶民である俺にはどうも性に合わない。
俺はバックミラー越しに白間さんを見据える。白間さんはナビで俺の自宅に向かっているようだ。自宅はおそらく北原に聞いたんだろう。だが、何より俺が違和感を覚えていたのは、この無言の車内だ。俺は別に無言で過ごすことに抵抗はない。
しかしだ。北原はおそらくかなりのお嬢様。となると親も娘のことを心配するはずだ。1人暮らしをしている娘を心配しない親はいないだろう。
執事を使って娘の様子を探っているのか。親自身が探らない状況にあるとなると、ワケありの親子関係にあるのか。
気になる……。どう切り出せばいいものか……。いや、まず一番聞かなければならないのはこの状況だ。俺がこんな朝早くから娘が住む最寄駅にいて、しかも北原から男を送ってほしいと連絡があった。娘に男ができた可能性があるなんて勘違いをされては色々とややこしくなりそうだ。誤解を解く。それが最重要ミッションだ。
俺は勇気を出して話しかけてみた。
「白間さん」
「なんでしょう?」
「聞かないんですか? 昨日何してたのか」
「はい?」
白間さんは少し驚いたように
「いや、俺が北原さんの家に泊まってたのは、ご存知ですよね?」
「ええ、知っていますよ」
白間さんは余裕のある微笑を携えていた。
「夏希お嬢様はもう26歳です。立派な大人の女性が、執事と言えど干渉されたりしたらご気分を損なわれます。ご主人も、節度を持ってお嬢様の人生を陰ながら見守っておられます。本心は大変お気になさっておられますが、奥様のご意向により、夏希お嬢様の意志を尊重するよう
「そうですか」
……とりあえず
「まあ、あなたが夏希お嬢様に危害を加えるような人物であれば、話は別ですが」
全然免れてねぇっ!!
「ふふふふっ、申し訳ありません。少しからかってしまいました。あまりにも萎縮なさっているようなので」
「安心してください。夏希お嬢様はとても聡明で凛々しいお方です。私共が心配せずとも、粗暴な殿方を家へ上げるようなことは致しません」
俺は微妙な居心地の悪さを感じる。
「ご気分を損なわれたなら、謝罪と粗品をご用意致しますが」
「え、いやそこまでしてもらわなくても……送ってもらっていますし」
「ふふっ、夏希お嬢様の目は確かなようですね」
車が俺の自宅があるマンションの前についた。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
俺は自分から降りて、ドアを閉めた。高級車は去っていく。
ふぅ……。さて、準備するか。
俺はマンションに入っていく。
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