three bullets 本題

 料理がテーブルに入ってくるようになった。俺が頼んだのはチャプチェとソルロンタン。チャプチェは春雨を使った炒め料理で、甘辛で味付けされる。アレンジもしやすく、たまに雑誌でもレシピが載っている。

 ソルロンタンは白濁したスープが特徴だ。スープ類の韓国料理と言えばサムゲタンが有名だと思うが、これも韓国では代表的なスープと言われている。

 牛の肉や骨を長時間煮込んでいるため、臭いがきついと嫌われる傾向もあるようで、女性人気を獲得しようとお店が試行錯誤したのだろう。そこまできついと思わない。

「おーー! 早速来ましたあ!」

 騒がしい。臼井の前にも料理が運ばれてくる。合宿での不完全燃焼がそうさせているのかもしれない。

 俺はスプーンでソルロンタンをすくい、口に運んだ。

 ん……味がない。いや、正確には味はあるが薄い。顔を上げると、2人がニヤニヤと俺を見ていた。

「なんだ?」

 俺は苛立ちをまとわせて尋ねる。

「ふ、初心者丸出しだな」

 北原は嘲笑う。

「椎堂君、それは食べる前に味付けした方がいいよ。ほら、コショウとか塩とかで味付けするんだよ。そして、ごはんをスープに入れる。分かったかな? 椎堂くん」

 臼井はソルロンタンの食べ方を解説するラミネートされた小さな解説用紙を示しながらレクチャーしてくる。

 なんだろう、この言いようのないムカつきは。

 臼井の爽やかで屈託のない笑みに苛立つ北原の気持ちが分かった気がする。

「あと、キムチも入れるのもおススメだよ」

 ま、俺が知らなかったのは事実だし、ここは引き下がるか。俺は怒りの熱を冷まして、臼井のソルロンタンの食べ方レクチャー通りに事を運ばせる。白濁したスープの中にご飯が沈んでいく。塩で味付けをし、食べてみる。

 ん、美味しい。


「美味しいでしょ?」

 臼井は期待の眼差しを向けてくる。

「ああ、美味しいよ」

 臼井は作った本人かのように嬉しそうだ。

「お前がそんなんだから私が苦労するんだよ」

「うん? なんの話?」

 臼井も北原の言ったことが理解できないようだ。

「お前のせいで漫才コンビとか言われるようになったんだぞ」

 北原は恨みを込めた視線を向ける。

「うん、私達運命共同体だね!」

「あのな」

「あれ、夏希ちゃん不満なの?」

 北原は「はあ」と息を零した。

「前は普通のOLだったってのによ」

「普通……」

 俺が疑念の感想を漏らした時、ギロリと北原の目が俺を捉えた。俺はとっさに両足を上げて座面の上に胡坐をかく。

「たくっ、どいつもこいつも」

 北原は愚痴をぶつぶつと濁して、色々な野菜でご飯を包むサムパブを食べる。味付けは味噌のようだ。

「まあまあ。あんまりイライラしてるとせっかくの美人が台無しだよ」

「くっつくな」

「あぶっ」

 北原はサムパブを臼井の口に押しつける。臼井はサムパブを持って口の中に運ぶ。

「……っん、これもいいね~」

 北原はクスッと笑い、食事を続ける。


 しかし、参ったな……。

 本当は臼井と2人きりで話したかった。心臓の病気の話をここでしてもいいのか分からない。

 北原は臼井が小さい頃に心臓の病気だったことを知っているんだろうか。仲は良いみたいだし、知っていてもおかしくない。だが、簡単にこの話を振る雰囲気じゃないような気もする。どうすればいい……。

 俺が考え込んでいると、俺の足に軽い刺激が入った。俺が顔を上げると、北原と臼井が見ている。

「聞いてるのか。椎堂」

「あ、なんだ?」

「未生の食いしん坊が発動する前にチヂミ取っとけよ」

「あ、ああ」

「食いしん坊ってほどじゃないでしょ」

「自覚無しかよ。スカートのチャックが閉まらないって喚いてたことあったろうが」

「そ、そういうのは男の子の前でしちゃダメなんだよ。夏希ちゃん」

 臼井が少し恥ずかしそうに言っている。ちょっと新鮮だったのもあって、俺は噴き出してしまった。

「あ、笑ったぁー」

「何嬉しそうにしてるんだよ」

 北原は呆れた目を臼井に向ける。

「ウケたね」

「はいはい」

「お笑いの大会にも出ようか?」

「出ない」

「えぇー出ようよ~夏希ちゃ~ん」

 俺は水を飲んで落ち着く。

 ま、ダメもとでやってみるか……。


「臼井」

「ん、なに?」

「この前の、小さい頃の話を聞いてもいいか?」

「うん。いいよ」

 あっさりだな……。ということは北原も知ってるのか。

「手術をした日を覚えてるか。大体でも構わない」

「えーっと、ちょうど中学生になる前だったと思う」

「臼井は26だっけ?」

「そうだよ」

「……そうか」

「昔心臓の病気だったことか」

 北原が話に入る。

「うん」

 北原はやはり知っていたようだ。

「胸の空いた服着れないよな。お前の胸の傷って」

「そうだね。胸の空いた服はあんまり好きじゃないからいいんだけどね」

 俺は徐々に近づく汐織と臼井の関係に期待を寄せていく。

 視線を落としてチャプチェを食べる。安堵感が降りてくると無性に腹が減ってきた。チヂミに手を伸ばす。すると、手を止めて俺を見つめる北原が視界に入った。

「なんだ?」

「……いや、なにも」

「……」


 俺はチヂミを小皿に取り、自分の手前に持ってくる。

 俺の言動、何か変だっただろうか……。俺は北原に勘付かれたんじゃないかと不安になる。

「椎堂君も26でしょ?」

「ああ」

「じゃあ同い年食事会だね」

「名称いるか?」

「こういうのは雰囲気だよ。夏希ちゃん」

「だったらもっとマシな名前にしろよ」

 臼井が話したのを皮切りに、北原は何事もなかったように食事を始める。俺は微妙な不安を覚えながら食事を続けた。


 食事を終え、俺は臼井と別れた。

 帰りは北原と同じ帰り道になった。電車に乗り、同じボックス席に座った。

「新しいメンバーは入りそうか?」

 北原は足を組んでそう聞いてくる。

「未定だが、もしかしたら1人入るかもしれない」

「私達の方でも2人ほど入るかもしれない。1人は大会経験者だ」

「そうか」

 電車の揺れとアナウンスが挟んでくる。

「お前、未生と何かあるのか?」

「……は?」

「未生とお前、以前出会ってるのか?」

 北原はまじまじと見つめてくる。

「……いや、会ってないよ」

 電車が駅に着いた。俺は立ち上がろうとする。すると、前に座る北原が短めのヒールを履いた足を俺の膝に置いてきた。赤いタイトスカートから伸びる黒タイツの脚が品性の欠片もなく、俺の膝の上で靴の裏を見せてくる。

「なんの真似だ?」

「少し付き合え」

「明日仕事なんだ」

「送ってやるから座れ」

 電車の汽笛が鳴り、ドアが閉まった。

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