two bullets レビットパークの覇者はOL

 俺はペイントシューターの帰りに汐織の母親に連絡し、汐織の移植手術が行われた時期を聞く。

 汐織の手術が行われたのは16年前の7月頃らしい。少々荒っぽいかもしれないが、ずっと心の中にあった弾を取り除くことができると思ったら抑えられなかった。


 俺は自宅に戻って、ボストンバッグを下ろす。

 夕陽が差し込む部屋の中に入り、ベランダに干していた洗濯物を取り込んだ。洗濯物を畳み、各場所にしまう。

 部屋の雑事ですることはなくなった。俺はソファに座り、ポケットから携帯を取り出す。

 メールにするか。電話で話す方がいいかもしれないが、何か形として残したかった。臼井の中に汐織がいるという証明を。俺は文面を打つ。


『今時間あるか? 話したいことがある』


 臼井からのメールは5分も経たないうちに返ってきた。


『それなら今から一緒にご飯食べようよ。地図送るから』


 メールに添付された画像を開く。隣町にある韓国料理店だな。目の前の料理雑誌を一瞥いちべつし、メールを打った。


『分かった。何時に行けばいい?』


 メールはすぐに帰ってきた。


『7時ね』


『了解』


 俺は携帯を閉じ、軽く身支度を済ませて出かけた。


☆ ☆ ☆


 午後7時前。俺は携帯で地図を見ながら街中を歩いていた。

 乾燥した冷たい空気が肌を突っ張らせる。ひらひらと落ちてきた雪が黒いジャンパーに乗ってくる。帰りに不安を覚えている間に指定された韓国料理店が見えてきたようだ。

 初めて行く店とあって本当にそうなのか疑念を持ちかけたが、店の前で臼井と北原が待っているのを見つけて安堵する。

「やっほー」

「おう」

 俺はぎこちなく軽く手を挙げて、臼井の手を振ったアクションに答える。

「中に入ろう。寒い」

 北原は両手をポケットに突っ込みながら猫背になって店の中へ入っていく。

「夏希ちゃんは冬苦手だねぇ。やっぱり夏希ちゃんだね」

「面白くねえからな」

「本当は心の中でクスクスしてるくせに~」

 俺は少し大人っぽいお洒落な服を装う2人に続いて店の中に入る。


 俺達は1つのテーブル席に座った。

「さあ食べよう食べよう~」

 臼井は席について早々体を揺らして楽しそうにメニュー表を取った。

 カウンターの向こうからなんともスパイシーな芳香が漂ってきている。店の中に充満しているようでレトロな雰囲気とマッチしており、親しみやすい。

「この店初めてか?」

 北原は前に座る俺に聞いてくる。

「ああ。お前等はここの常連か」

「まあ、頻度は少ないけどな」

「よし決めた。はい夏希ちゃん」

 臼井は年季の入ってそうなテーブルにメニュー表をスライドさせて、隣に座る北原の前に持っていく。

「椎堂君もメニュー表。はい」

 臼井はテーブルに置かれていたメニュー表を見せてくる。どうやら早く食べたいらしい。俺は苦い顔をしながらメニュー表を受け取る。

「韓国料理が好きなのか?」

「うん。このお店は私が食べに食べ歩いた中でナンバー1のお店だから、味は保証するよ」

 臼井は赤い口紅が映える笑顔でお店を宣伝する。

「そうか」

 メニュー表に載っている写真は確かに美味しそうに見える。しかし、写真だけならどこのお店でも美味しく見せることはできてしまう。俺は美食評論家を気取って見慣れない漢字の多いメニュー表と睨めっこする。


「夏希ちゃん。これ頼んでよ」

「お前が私の食べる料理決めるなよ」

「私も食べるよ。だから半分こ。あ、3人だから3等分か。椎堂君も食べるでしょ?」

「なにが?」

 俺は素っ気なく聞く。すると、臼井は俺が見ていたメニュー表の上端を指先で軽く押し下げ、臼井に見やすく催促される。俺はメニュー表を持つ指の力を緩め、テーブルに置いた。

「このチヂミ。3人で食べようよ」

「自分で頼めばいいんじゃないのか」

「シェアだよ。シェア。同じ物を食べて美味しいって言い合いたいじゃん」

 臼井は指先を立てて軽く説教してくる。

「マズイという想定はお前の中にないんだな」

「夏希ちゃん、お店のかちゃたちに失礼でしよ」

「言い慣れてないから噛みまくりじゃねぇか」

「ああ"ーん、せっかく私もしっかりしてるところがあるって夏希ちゃんに見せつけられたのに~」

 なんだか話がよく見えないが物凄いショックを受け始めた臼井はテーブルに突っ伏す。

「お前がしっかりしてるところなんて誰も期待してねぇよ。椎堂はもう決めたか?」

「ああ」

「じゃあ、呼び鈴押してくれ」

 呼び鈴を押すように頼まれた俺は実行した。

 臼井はまだ突っ伏している。大げさじゃないかと思いながら見ていると、臼井は唐突に姿勢を正してバッと顔を上げた。

「めげるな臼井未生!」

 今度は自分を励まし出した。店員が来たので俺達はオーダーしていく。


 店員に注文を終え、俺と北原は不可思議な行動を取り始めた臼井に視線を向ける。

 臼井は気が利く人を演じたいのか、俺と北原に箸を取って渡す。おそらくやり慣れてないんだろう。箸の先を相手に向けて渡してくる。幼稚園児が大人の真似を必死にしているように見えるのは気のせいということにしておこう。

「今日の臼井はどうなってるんだ?」

 俺は北原に問う。

「ああ。今日の昼時、私と未生を含めた女子社員5人で食べてたんだけど、そこで、未生はしっかりしてる容姿だけどどっかぬけてる、って言われて大分ショックだったみたいでな。今日から意識していこうって張り切ってるらしい」

 北原は肘をつきながら冷めた口調で語る。

「へー……」

「私、エヴァンスチームのリーダーなんだよって言ったら笑われた」

 落胆しながらそう愚痴を零す。どうやら臼井達の会社の女子社員の間で臼井はいじられ役らしい。

「今更そんなに張り切らなくていいだろう。お前のそのぬけてるところがいいってみんなフォローしてくれてたろ?」

「フォローってことは本音は違うってことじゃん!」

「深読みし過ぎだろ。大体直してどうするんだよ」

 北原は前のめりになっていた上体を起こし、やさぐれ感漂う言い草で返す。

「ほら、私がぬけてるところがなくなったらやっぱり後輩から慕われるし、エヴァンスチームの結束力も高まる。公私共に良好。そんな女性、憧れない?」

「そうだな」

「携帯に逃げないでよ~夏希ちゃ~ん」

 臼井は北原の片腕を持って神社にある鈴紐のように揺らし、北原の態度に駄々をこねる。このやり取りを何度も見てきたが……。


「天使と悪魔だな」

 その時、俺の足に強烈な痛みが襲った。俺はあまりの痛さに体が飛び上がりそうになる。俺は俯き、テーブルに両手をついて悶絶した。

「私が悪魔だろ」

 北原の苛立った声が真っすぐ投げかけられた。

「お前は天使の方が良かったのか? どう考えてもお前の雰囲気とかキャラ的に天使ってガラじゃないだろ」

 俺は涙目になりながら思ったことを言う。ここで変なフォローをすると逆に痛い目に遭う気がした。

「それは分かってるけど、当然の反応をされるとムカつくんだよ」

「じゃあ天使と小悪魔」

 今度は臼井が提案する。

「それこそキャラじゃないだろ」

「そうだね。夏希ちゃんが男の人を誘惑してるところを見たことがないよ」

「もういいだろ。この話」

 北原は若干頬を赤く染めて話を終わらせようとする。

「いやいや、この際掘り下げてみようよ~」

 臼井はもの凄い乗り気だ。

「椎堂君はどう思う?」

「なにが?」

「私と夏希ちゃんを例えるならなんだと思う?」

 掘り下げるところってそこか? 俺は呆れながらも考えてみる。

「そうだな……。魔王と小悪魔」

 今度は脛を蹴られた。

「悪魔から進級してんじゃねぇか」

 つんとする痛みにまたしても悶絶し、椅子に右足を上げて脛を擦る。脛から痛みがじわりと広がってきて思ったよりも痛い。っていうか、この話をして俺に得がないだろ。

「じゃあ堕天使と悪魔」

 臼井は悪気のない笑みを携えて堂々と提案する。

「結局戻ってるんだが」

「でも私は堕天使だよ。落ちこぼれの堕天使。これでおあいこでしょ?」

「どこかだ」

「分かったよ。じゃあ夏希ちゃんが堕天使で、私は妖精ね」

「そのネタから離れるという思考を持てないのか、お前は」

 北原は疲れたように水を飲む。

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