twenty bullets やるせない思い

 汐織のお母さんは息を呑み込んで話し始めた。

「汐織は、椎堂君達がお見舞いに来られた時、気丈に振る舞っていました。でも、あの時すでに、お医者さんから言われていたんです。助かる見込みはほとんどないと……」

「汐織は、知っていたんですか?」

「いいえ、さすがに言えませんでした。汐織はまた学校に戻れると希望を持っていましたから。それを否定するなんて、私にはできませんでした。でも、汐織はどこかで分かっていたのかもしれません。自分の死がどんどん近づいていることを」

 汐織のお母さんは言葉に詰まる。泣くのを堪えているようだ。俺は無言で待った。

「汐織は椎堂君達がお見舞いに来てくれて、とても喜んでいました。だからこそ、決断できたんだと思います」

「ドナー……ですか」

「はい……」

 自分が死んだ時、自分の体が誰かの役に立てるならなんて、小学6年生の汐織はそんなことを考えていた。俺達と約束を交わしながら、汐織は死んだ後のこともしっかり見据えていたんだ。


 死が間近に迫っている時、まず自分が助かる方法を探す。だが汐織は、親や医者から回復するということを聞かされていたにもかかわらず、自分が死ぬかもしれないという未来を想像し、そして、自分が死んだ後、何ができるか考え、決断した。

「汐織は言ったんです。死んだら、私は何もできないのかな。私にできることがあるなら教えてと」

「それで、ドナー登録を教えたんですか?」

「はい。そして亡くなった後、汐織の心臓は、他の患者の救いになったようです。汐織の心臓によって、救われた患者さんの術後の経過を報告してくれるようでしたが、断りました。こんなことを思ってはいけないとは思うんです。汐織が望んだことですから。ただ……汐織と同じような小さい子が救われ、元気に過ごしている姿を見てしまうと、なんで汐織は、救われなかったんだろうと思ってしまう気がして————」


 そう考えてしまうのも仕方がない、と汐織の母親に言ってあげれば良かったのかもしれない。娘の死を甘んじて受け入れた母親が抱く葛藤に、安易に触れてはいけないと思い、ためらわれた。

 汐織が苦しみながら考えて答えを出し、わずかな希望があの約束だったとしたら……。俺達は、残酷なことをしていたのかもしれない。

「それを考えたくなくて、汐織の心臓によって救われた患者さんの経過報告を断ったんです。あの子の心臓が、誰かの命を生かした。それだけで十分です。あの子の、汐織の最期の願いを、叶えられましたから……」

 汐織のお母さんはため息を零す。それは安堵にも似たため息だった。

「椎堂君に聞いてもらってちょっとスッキリしました。汐織の心臓を持っている方だとしたら、汐織は嬉しいかもしれませんね」

 俺の携帯を持つ手に力が入る。

「そう思ってもらえたなら、俺も嬉しいです。また、墓参りに行きます」

「ありがとう」

「では」

「はい、失礼します」

 俺は耳から携帯を離し、電話を切った。


 俺は酔った頭で整理する。汐織はきっと、自分は死ぬと感じていた。それでも、見舞いに来た俺達に心配かけないように、あえて約束をしたのかもしれない。叶うことのない約束を……。

 俺はホテルのベッドから立ち上がり、ユニットバスに入る。洗面台で顔を洗い、鏡を見る。険しい顔をした俺が映っていた。俺はゆっくり息を吐き出す。

 俺は気持ちを切り替え、ユニットバスから出て部屋を後にした。


 俺は座敷間に戻った。

「おう。遅かったな」

 北原が入って来た俺にいち早く気づいた。

「椎堂さん、大便ですかぁ?」

 酔った児島が中学生みたいなことを言ってくる。

「お前のその姿を動画で撮ってやる。明日後悔に打ちひしがれてろ」

「お前、意外と陰険だな」

 北原はさげすんだ視線を送ってくる。

「冗談に決まってるだろ」

 俺は滝本さんの隣の席に戻る。

「酒が足りねぇー。新内、酒を持ってこいっ!」

 梁間は横柄な態度で命令する。

「下劣な酔っぱらいに飲ませる酒などない。床に這いつくばってろ!」

 新内は汚い言葉を使って罵る。

「なんっだよ! 俺達にはやってくれねぇのかよ。不公平だぁー!!」

「そうだそうだ!」

 なぜか一条が乗ってきた。

「私がしますよ」

「ありがとう~~。やっぱり滝本さん優し~い」

 児島はへらへらとそう言い、素手で刺身を食う。

「はあ……まったく」

 俺は3人のバカさ加減にとことん呆れた。

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