nineteen bullets 心臓

 十数分後。

「そうか。分かった。また帰る時は連絡する。じゃ」

 俺は電話を切り、部屋に置いてあったメモ帳に書いた番号を見ながら番号を打つ。微妙な緊張感を覚えながら、電話のアイコンを押す。長いコール音。なかなか出ない。いないのか……。

 切ろうとした時、コール音がやんだ。


「はい、古渡です」

 ブレスの優しい音が耳をくすぐった。声色になつかしさを感じる。

「夜分遅くにすみません。椎堂辰人です」

「椎堂……って、汐織の友達の!?」

「はい。そうです」

「あ、どうもお久しぶりですー」

 汐織のお母さんの声色が和んでいく。良かった……覚えていてくれて。温かい気持ちに浸りたいところだが、目的はそんなことじゃない。

「お久しぶりです。あの、少し聞きたいことがありまして」

「はい。何でしょうか?」

「……答えられたらで結構です。汐織のことなんですが、汐織が亡くなった後、汐織はドナーになったことがありますか?」

「え、急に、どうしたんですか?」


 汐織のお母さんにあきらかな動揺がうかがえる。

「あ、いえ……もし変なことを聞いたのであれば……」

「調べたんですか?」

「え」

 俺は不意に聞こえた言葉に一瞬思考が停止した。

「そうです。汐織の心臓は移植に使われました」

「……」


 心臓。臼井も心臓の病気だった。移植手術で助かったと。じゃあ、汐織の心臓は臼井の体に入ってるのか……。


「受容者の方と会われたんですか?」

「あ、いや……かもしれないという感じです。臼井未生さんという方なんですけど……」

「ごめんなさい、名前まで聞いてないし、受容者の方とは一度も会ってないんです」

「そうですか。じゃあ、鶴を受容者に渡しませんでしたか?」

「鶴?」

 汐織のお母さんが怪訝けげんに問い返してくる。

「お見舞いに行った時に、1羽の鶴を渡したはずなんです」

「ちょっと……分からないです」

「そうですか……」

 覚えてないか……。

 俺は少し落胆する。

「ありがとうございました。では、失礼します」

「あ、あの」

 電話を切ろうとした時、汐織のお母さんに止められた。

「はい」

「少しお時間大丈夫ですか?」

「ええ……」

 俺は戸惑いながら首肯する。すると、汐織のお母さんは安堵のため息に似た息を零して口を開く。


「もう、椎堂君も26かしら?」

「はい」

「そう……。26ですか……」

「……」

 汐織のお母さんの息づかいが悲愴の音を鳴らす。

 俺はなんと返したらいいか分からなかった。

「実は、椎堂君には言ってなかったことがあるの。今の椎堂君なら、話しても大丈夫かもしれない。汐織があの頃、何を想い、何を感じていたか……。聞きますか?」

 携帯を持つ俺の手が力む。汗がばっと出てきた。手に水気を感じる。

「はい。こちらからお願いしたいくらいです」

「分かりました」

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