six bullets 叶うことのない約束

 昔の俺達の遊び場は、家から30分ほど歩いた山の裏手の広場だった。走り回るには絶好の広場で、地域の住民もほとんど寄りつかない。放課後も、休みの日も、いつも俺はそこに向かっていた。小さなオモチャの銃を持って。

 俺が広場につくと、簡素な建屋に座っている3人の子供を捉える。俺の存在に気づき、手を振る。

「おせぇぞー」

「早く来んか。タツトー」

「ごめん。おくれたあっ!!」

 俺は建屋に入る。

「まちくたびれたんだけど?」

 唯一の女の子が眉尻を下げて不満を言う。

「ごめん。先生に手伝いをたのまれちゃって」

「ささっ、早くじゅんびしてやろう」

 眼鏡をかけた男の子が俺を促す。

「うん」

 俺はリュックを下ろし、中からBB弾を取り出す。弾倉に弾を詰めていく。


 みんなは建屋の中で談笑している。彼等は俺のサバゲー仲間だ。

 日焼けした大きな体をしている男の子が霧島裕也きりしまひろや。眼鏡をかけたおかっぱ頭の男の子が佐田翔馬さだしょうま。そして、白い肌のポニーテールの女の子が古渡汐織ふるとしおり。俺の銃の先生だ。

 この3人といつも遊んでいた。出会った時からオモチャの銃で遊んでいたわけじゃない。時には鬼ごっことか、かくれんぼとか子供らしい遊びもしたし、格闘ゲームでマッチバトルもした。

 だが、裕也が誕生日に子供用の銃を買ってもらったことをきっかけに、俺はオモチャの銃が欲しくなって、母親に珍しく駄々をこねて困らせ、根負けした母親からオモチャの銃の購入を勝ち取ったのだ。

 結局みんな買ってもらって、サバゲーの毎日。どれだけ腕を磨けるかという意地の張り合いみたいな感じで長々と続けていた。

「できたよ」

「おし、じゃあチーム分けな」

 的となった木の幹。それに向けて弾丸を放つ。

 最初に当たった人と最後まで当たらなかった人がチームを組む。2番目と3番目がチームを組み、殲滅戦やフラッグ戦をよくしていた。

「チーム分けはオレとショウマ、シオリとタツな」

「がんばろうね。タツ」

「おう」


 あの頃の俺は一番下手で、チームを組むことが多かった汐織に迷惑をかけているんじゃないかと不安だった。それでも汐織は、一緒に勝とうっていつも笑顔で応えてくれていた。

 俺達は身を隠し、開始の合図を待つ。

「じゅんびはいいかー」

「おう!」

「いいよ」

「うん!」

「レディー、ゴウ!!」

 そうやって、俺達はいつものように汗まみれになって遊んでいた。

 いつか都会に行くとしても、たまに会って遊ぶ仲間になるものだと、そう思っていた。


 俺達の関係に変化が起こったのは、小6の春。とても寒い春だった。


 いつからか、汐織が学校を休むことが続いた。先生からインフルエンザと聞かされていたが、何日経っても汐織は来ない。俺達の遊び場にも来なくなった。俺達はあの遊び場に行っていたが、日が経つごとに俺達の心配は積もっていった。

 2週間が経った頃、先生から汐織のことについて報告があった。汐織はどうやら重い病気になってしまったらしいと。

インフルエンザ脳症だ。回復の見込みはあるからと、先生は笑顔で話した。教室が喜びの色を帯びてざわついていく。

 当時の俺は、インフルエンザ脳症という病気が何なのかよく分かっていなかった。だから、汐織は少し酷い風邪を引いているだけだと、安易に納得していた。


 俺達はゴールデンウィークを使って汐織のお見舞いに行きたいと思い、計画を練った。

 汐織のお母さんはつきっきりで汐織の看病をしているため、家にいない。俺は母親に頼んで、汐織の見舞いに行きたいと伝えるが、面会は医者の許可が下りなかった。感染を防ぐためだ。それはもうすぐ中学生になる俺達には容易に理解できた。

 諦めようと思っていた。だが、大人達の計らいで、ビデオ通話での面会ならと了承される。


 俺の家に裕也と翔馬が集まり、パソコンの前で待つ。

「あ、みんな。ひさしぶりー」

 病衣を着た汐織が画面に映ると、汐織はクシャと笑って両手を振る。汐織は少し疲れているような雰囲気があったが、思ったよりも元気そうだった。

「体はだいじょうぶか?」

 翔馬は汐織を気遣う。

「うん。だいじょうぶ」

「これ、おみやげ」

 俺は2つの鶴を見せた。裕也と翔馬も同じように掌にある1つの鶴をカメラに映す。

「これがシオリのだ。そっちに送るから」

 俺は左手に乗った鶴を目線で示す。

「まってるよ」

「みんなありがとう! すごくうれしい」

「また学校に来いよ。おれ達もクラスのみんなもまってるからさ」

「わたし、必ず治すね。元気になって帰ってくるから、またいっしょにあそぼうね。約束っ!」

 汐織は画面に向かって小指を突き立てた。俺達も同じように小指を突き立てて画面に向ける。

「「「約束だ」」」

 汐織は笑っていたが、少しだけ涙ぐんでいるように見えた。


 それから俺達は何度か汐織と電話やメールで連絡を取り合っていた。学校であったことやどうでもいいような俺達のエピソードを話すだけ。時にはオンラインでゲームをしたりして、それなりに楽しかった。そんな日々が続いていたある日、別れは唐突に訪れる。

 母親から汐織が死んだと聞かされた。まだ11歳だった汐織が死ぬなんて、信じられなかった。

 その翌日、帰りのホームルームで先生から同じ報告を聞くことになる。友達も多かった汐織の死は深い悲しみを誘った。


 それからというもの、俺と裕也、翔馬は一緒にサバゲーをしなくなった。あの広場に行くことはあっても、サバゲーをしたいと思わなくなっていた。

 葬式に出席しても、汐織の死を現実として受け入れるには実感が湧かない。この世界にいたはずの人が急にいなくなるという現実を、どう受け入れればいいのか分からなかった。

 小学校の卒業式の写真の隅に、丸枠で囲われた笑顔の汐織の姿を見た時、もう変わらないんだと諦めた。その時、やっと泣くことができた。もういなくなってしまった汐織を思って、泣くことができた。



 汐織がいなくなって5年。高校生なった俺は汐織がいなくなったことをもう受け入れている。でも、なんとなく胸の中にあるしこりのような物がいつまでも取れなかった。

 その原因は分かっていた。あの約束。また一緒に遊ぼうという何の変哲もない約束だ。そんなことをいつまでも気にしているわけがないと思っていた。しかし、それ以外に心当たりがない。そんな約束も、サバゲーをやらないようになった俺ならすぐに忘れると思った。

 きっとそれが叶うものだと疑わなかった当時の俺の中で、ずっと居座り続けている。もう叶わないのに、いつまでもこんなことに悩んでいる俺は、どうかしてる。そんな自己嫌悪にさいなまれながら、ずっと生き続けていた。


 俺は女々しい自分を変えたくなった。あの過去を悲しみで台無しにしたくなかった。そう決意をしたのを計ったように、俺はペイントシューターというゲームを知った。サバゲーとほぼ同等のルールで行うサバイバルゲーム。それを機に、俺はあえて向き合うことにした。

 銃を持って、あの過去と向き合い、あの頃を繰り返していけば、自分の中にあるしこりが徐々に取れると思った。

 サバゲーと違って、屋内でのみで行われるペイントシューターは専用の施設がある。俺は小遣いを貯めて、ペイントシュータ用の銃を買う。施設に通い、銃を撃ち続けた。試合にも参加し、指に豆ができるほど何度もトリガーを引いた。

 それでも、しこりが消えていく予兆はない。

 過去にすがりつく自分を変えたいのに、思いの詰まった過去の約束は、簡単に消えてくれない。だが逃げたくもなかった。

 俺が過去と向き合い続けることで、汐織の後悔を弔うことになる気がする。挫けそうな時、汐織がずっと病気と闘っていた姿が俺を奮起させた。



 ――――そして、今日までずっとやってきた。しこりはずっと残ったままだ。俺は無意識にあの約束を叶えたいと思っているのかもしれないが、どんなに願ったところで叶うはずがない。

 俺はずっとこの気持ちを抱えたまま、生きるしかないんだ。死ぬまで諦めなかった汐織はずっと闘っていた。だから、俺も闘いたい。

 俺は無音の室内にため息を溶け込ませソファから腰を上げた。

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