two bullets ゲームのお誘い

 コーヒーを飲み終えた俺と児島は試射ししゃ室にいた。

 弾倉を銃に装着する。リアルな装着音が耳に心地良い。

 弾は薬で使われる硬カプセル剤のように中央で2色に分かれている。この競技用に作られた弾に適合した銃も多く作られている。


 銃刀法の安全基準に適合したパワーのため、人に当たっても死ぬことはない。当たったら当然痛みはあるが、服などを介してだとあまり痛みを感じない。負傷すれば障害の残る可能性の高い目は完全防備が厳守だ。だから、試射・試合では必ずゴーグルをしなければならない。

 また、弾を込めるのも同じだ。弾倉を銃に装着するのは決められた場所でなければならない。試射室とフィールド。


 隣のレーンには同じように撃てる準備をする児島がいる。しかし、児島の姿は見えない。レーンごとに仕切りがあるからだ。必要のない被弾を避けること。安全面は徹底されているのがペイントシューター施設のセオリーだ。


 銃の準備ができた俺は自前の銃を持つ。手前のトレイの右端にある赤いボタンを押す。俺は安全装置を外し、銃を構えた。

 伸ばした両腕の先で口から弾丸を吐き出そうとする銃。重みを少し感じるが、照準がぶれるほどじゃない。

 人の形が描かれたペーパーターゲットが、アームに挟まれたままケーブルを伝って奥から押し出されてくる。顔も足もないアームの姿は滑稽こっけいだが、低予算で運用するにはもってこいなのだろう。

 俺は狙いを定め、トリガーを引いた。カシャンという軽い音が鳴って弾が発射される。トリガーを引く度にペーパーターゲットに穴が空く。俺は集中して撃ち続けた。


 1つの弾倉を使い果たして銃を下ろす。そして赤いボタンを押す。ペーパーターゲットは一旦止まり、アームの手に離されたペーパーターゲットが床に落ちる。アームは暗いレーンの奥にゆっくり入っていく。


 俺は銃をトレイに置いた。右隣にいる児島のレーンのペーパーターゲットはまばらに穴が空いている。人型ターゲットとは関係ないペーパーの端にも穴が空いていた。

 俺は銃から弾倉を抜き、レーンの右側の端にある小さなごみ箱に銃口を入れる。トリガーを引いた。弾が発射されてごみ箱に入る。弾が出なくなるまでトリガーを何度も引く。

 弾倉を抜いても中に弾が残っている場合があり、完全に弾を抜くには空撃ちをする必要があるのだ。これはどこのペイントシューター施設でも必ず空撃ちするように施設規則で定められている。

 初回利用時にはスタッフから必ず説明されるくらいに厳守が基本の項目だ。

 俺は銃の安全装置をつけ、銃をホルスターに入れる。


「はあ~」

 試射室の中に響くアームが動く機械音や弾が当たる音よりも、盛大なため息は俺の耳に入ってきた。児島も試射ししゃを終えたようだ。

「終わったか」

「はい」

 俺と児島は弾倉、バッテリー充電器を入れたカゴを持って、レーンから離れる。

「なかなか上手くならないですねぇー」

「銃の構え方や銃のグリップの握り方で精度は幾分か安定する」

「頭では分かってるんですけど、体が覚えないんですよ」

「そればっかりは感覚を掴むしかないな」

「集中力が足りないんですかね」


 俺と児島は試射室を出る。空いたテーブル席に座り、ゴーグルを外す。

「そういえば、椎堂さん必ず銃を2丁持ってますよね?」

「試合の場合、銃のバッテリー切れや弾が詰まって出なくなる時があるから、緊急時用に持ってる。銃を見ている間に被弾する可能性もあるからな」

「じゃあ、試合するんですか?」

 児島は興奮気味に聞いてくる。


「お前はやるか?」

「やります! やらせてください!」

 俺は児島のキラキラした様子に笑みが零れてしまう。

「じゃ、少し落ち着いたら申請しよう」

「はい!」

「それなら、俺達と組まないか?」

 聞き覚えのある声に振り向く。

「あ、遠藤さん、木島さん」

「よっ」

「ご無沙汰してます」

 俺は会釈をする。


 遠藤翔えんどうかけるさん。ダンディなおじさんだ。見た目は若々しいが、もうすぐ52になるらしい。迷彩服やフェイスマスクなどリアリティのある装備が好きで、サバゲーもやってるベテランプレイヤーだ。

 隣にいる眼鏡をかけた優しそうなおじさんは木島一士きじまひとしさん。彼もペイントシューター歴の長いプレイヤーだ。見た目に寄らず結構動けるぽっちゃり体型のおじさん。試合中の弾倉の交換の仕方は俺も参考にさせてもらった。

 2人ともここでよく会うペイントシューター仲間と言ったところだ。


「遠藤さん達も試合をするんですか?」

 俺は気の知れた趣味仲間に会えて高揚した気持ちになりながら尋ねる。

「ああ、俺達もちょうど試合をしようと思って仲間を探していたところなんだよ」

 遠藤さんは児島の隣に座り、その隣に木島が座る。

「でも、他にも人いっぱいいますけど……」

 児島はセーフティーエリアにいる人々を見回す。時刻はもう18時を過ぎた頃。会社帰りの人達などが揃ってきているみたいだ。

「それが、さっきランダム申請に行こうとした時、可愛らしい女性に声をかけられてね」

 木島さんは眉尻を下げて話す。


「え、ナンパ!!?」

 児島は大げさに驚いていた。木島さんは児島の驚きように肩を竦めて苦笑する。

「違う違う。試合をしてほしいと頼まれたんだ。形式は4対4の殲滅戦せんめつせん。そして、彼女が提示した条件は君を仲間にすること」

 木島さんはちょこんと俺を指差した。

「えぇっ?! 椎堂さんを?」

 児島は焦燥感を滲ませた声色で驚嘆する。

「ま、要するにだ。この店舗で一番のプレイヤーと名高い椎堂君と闘いたいらしい」

 遠藤さんは含み笑いを込めて言った。

「はあ……」


 こういうことは何度もある。

 チームを組んで、時折この施設で開かれる小さな大会に出たことが3回。そこで自分が所属したチームが全て4位以上という結果により、いろんなところでこの施設のナンバーワンプレイヤーとかいう話があちらこちらへ広まってしまったらしい。

 それを機に闘いを挑まれたり、チームに入ってほしいなどという話はよくある。

 個人的にはそういうのがもう少し減ってほしいと思っていたんだが、なかなか尾ひれのついた噂は消えてくれない。

「相当自信がある子みたいでな。俺達男チームと女チームで試合しようって言ってきたんだ。一応、この店舗でも強いチームだって念を押しておいたんだがね」

 遠藤さんはこの展開を面白がっているようだった。


「凄いですね」

「ま、お前とお近づきになるためのきっかけと、俺は踏んでるがな」

「なるほど。その手があったか」

 児島は何やら変な知識を身に着けたらしい。

「まだ拒否権はあるんですよね?」

「ああ、まだ合意はしてない」

「え、断るんすかっ!?」

 児島は不服と言いたげに驚きを露わにする。

「せっかくお近づきになるチャンスじゃないですか! お互い独身ですし。お願いします。どうか、この児島誠司郎に、女の子とお近づきになるチャンスを~っ!!」

 児島は両手を合わせ、祈祷しているのかとツッコみたくなるような仕草で頭を下げて懇願してくる。

「こちらもちょうど試合をするところでしたし、いいですよ」

 俺はため息交じりに渋々同意した。

「椎堂さんっ!!」

 児島はとても嬉しそうだ。

「おし。じゃあ相手に伝えてくるな」

 遠藤さんは席から離れていった。


「どんな子達ですかね!? 可愛い子だったらいいなぁ~」

 児島は想像を膨らませている。

「木島さん。その女性チームの人達はここの常連ですか?」

 俺は情報収集してみる。

「常連かどうかは分からないけど、僕は見たことないな」

 手加減した方がいいかもな。

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