残弾

國灯闇一

GAME1

one bullet ペイントシューター

 こもりきった暑さが夕陽に染まった街に漂っている。連なるビルの隙間からオレンジ色の光が差し込み、影と光をはっきり作り出していた。

 飲食店の看板持ちのバイト君の横を素通りし、1つのビルの中に入る。エレベーターに乗り、9階のボタンを押す。

 エレベーターのドアが音もなく閉まった。


 ヒソヒソと黄色い声が背中をくすぐる。断片的に聞こえてくる潜めた笑い声。こんな時代があっただろうかと、一番記憶に新しい大学時代を思い出してみる。

 乗り合わせた学生らしき6人は4階のカラオケ店で降りた。

 その初々しい背中を見送り、ドアが閉まる。


 カラオケなんてほとんど行かない。会社の飲み会の二次会で行くくらいで、行ったとしても、自分から歌うということはなかった。

 それよりも楽しいと思える場所に、俺は向かうのだ。


 エレベーターは9階につき、ドアが開く。

 クールなロゴの入った薄いブルーの幕をかけたパーテーションや簡素な机。内装に派手さはないが、普段と変わらない場所は落ち着く。

 ゴーグルや迷彩服、銃、サポーターなどの装備品がカウンター奥の棚にずらりと並んでいる。俺はカウンターに近づく。

「いらっしゃいませ」

 眼鏡の男性はよく顔を合わせるここのスタッフだ。


「一式レンタルで。2時間コースをお願いします」

「3000円なります」

 俺はお金を渡し、店員からカゴに入れられた銃やゴーグルなどを持って更衣室に入る。

 スーツを脱ぎ、群青色の長袖シャツになる。下もストレッチパンツに着替える。動きやすい服装に着替えた後、ボストンバッグから黒いケースを取り出す。

 厳重なアタッシュケースみたいに見えるが、それよりもひと回り小さい。2つの留め金を外し、平たい黒いケースを開ける。


 銀色に艶めく2丁の銃が窓から差し込む光に照らされる。俺はレッグホルスターを装着し、自前の銃と逆手側の脚にレンタルした銃を装着する。

 膝や肘を防護するサポーター、頭を護るバンダナ、指が出る手袋などを次々と着けていく。靴を革靴から運動靴に履き替えて準備完了だ。


 ロッカーに荷物を入れ、硬貨投入口に100円玉を入れる。

 鍵を閉め、手に残った数枚の硬貨と一緒にポケットにしまう。そして、ゴーグルと弾、バッテリー充電器、複数の小型カメラを入れたカゴを持って更衣室を出た。


 俺は空いたテーブル席につく。

椎堂しどうさん」

 不意に呼ばれた声に振り向く。長い茶髪の男が手を挙げて近づいてくる。

「来てたんですね」

「ああ」

 グレーの手袋をはめ、赤と白のバンダナを首に巻く男は自分より若いと思われる容姿。見た目こそ長い茶髪だが、好青年と言われそうな口調と低姿勢な態度は実直であると思わせた。


「これからですか?」

「そうだな。お前もか?」

「はい。試射ししゃですか」

「そうだな……一度コーヒーでも飲んで落ち着くよ」

「じゃあ僕が買ってきますよ」

「いいって。自分で買えるし」

 男の好意に申し訳なくなるのもあったが、男の敬愛心のこもった熱は明らかに俺に向けられたもの。そういうのは求めてないので正直困る。

「遠慮しないでください。ブラック買って来ますから」

 男は俺の返答も待たずに勝手に行ってしまった。


 あの男は児島誠司郎こじませいしろう。一度ゲームでチームを組んだ時、初心者だった児島が危なくなっていたのを助けたら犬のように懐かれてしまった。まあ悪い奴じゃないからいいけど。


 ここ、『ペイントスクエア』の利用は性別問わず親しまれている。服装は俺と同じように夏なのに露出が少なく、動きやすい服装だ。動きやすさよりもファッション性を重視する奴もいるが、ゲームには不向きの場合もある。


 他の人達がいる長机の上には、俺がレンタルしたゴーグルや銃が置かれている。ここには銃やゴーグル、サポーターなどなど、必要な物はたくさんあるが、ここに来れば大体の物は揃う。

 唯一持参しなければならないのは靴だ。ヒールや革靴を履いてゲームに出るのは致命的。動きにくいのもあるが、足音が室内に響きやすい場合がある。居場所を察知されやすく真っ先に狙われてしまう。


 セーフティエリアの奥にある4つのモニターの前に、数人の男女が集まっている。ゲームを観戦しているのだ。

 営業中は常時他者のゲームを観戦できる。他者のゲームを観戦するのは情報収集にもなるし、技術習得や戦術などの勉強にもなる。観ていて損はないが、今は観る気もない。

 仕事の疲れが重くのしかかる体を少し休め、限られた時間を有効に使う。もったいない精神で無理に体を動かすと怪我に繋がるし、集中力も低下する。


「お待たせしました」

 児島が返ってきた。児島は俺の前にカップのコーヒーを置く。

「ありがとう。代金な」

 俺はポケットから取り出したコーヒー代を渡そうとする。

「え、いいですよ奢りで」

 児島は慌てた様子で断る。

「いつも奢られても悪い」

 俺は小銭を握った手を突きつける。

「あ、じゃあすみません」

 児島はちょっと苦笑しながら両手で受け取る。俺はすっきりした気分でコーヒーを取る。


「椎堂さんって暑い日でも熱いコーヒーですよね。冷たい物取りたくないんですか?」

 児島は俺の隣の席に座った。

「取りたくなるさ。ただ、コーヒーだけは熱い方が好きなんだ」

「そうなんですか? てっきり冷たい物を取らないよう体に気を使ってるんだと思ってましたよ」

「さすがにそこまでストイックじゃないし、において効果があるかどうかわからない。そんなものに手を出してまで、我慢した生活を送ろうとは思わない」

「へー」


 ペイントシューター。銃を使って遊ぶサバイバルゲームだ。子供っぽいと思われるかもしれないが、男は大概子供の部分を持ち合わせているものだろう。


 それに男だけがやる競技じゃない。会社帰りにふらっと立ち寄ってリフレッシュ。ダイエットを兼ねて遊び感覚で。交流を広めたくて。出会いを求めて……。理由は様々。一部の人達の間では、人気の高いスポーツになっている。

 でも今の俺は、純粋にこの趣味を楽しんでいるわけじゃない。本気で大会に出て、優勝しようとか思っているわけでもない。いたって未練がましい理由で、この趣味を続けている。

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