解答編

 何も浮かばないのは僕だけじゃない。美咲さんも、御手洗さん、伊集院さんも黙ったまま手が動かない。ただ一人、先輩だけが愛用のモンブランを右手に持ち、ずっと何かを手帳に書いている。

 いつしかみんなは考えるのを止めて、先輩の動きを見つめていた。

 そして――。

 先輩がペンを止め、顔を上げた。

 充実感がみなぎった微笑を浮かべている。


「耕ちゃん、解けたのか!」興奮した御手洗さんが先輩へ声を掛けた。

「ご説明しましょう」先輩はテーブルの上に紙を広げ、ゆっくりと話し始めた。


ゴールは生贄いけにえに。

あしを育てよ。

薄荷はっかかまで焼くにはここしかない。

丸い形はほぼこんなものだ。


「この中で一つだけカタカナで書かれたに着目しました。薄荷も一般にはカタカナ表記なのにあえて漢字で書いています。

 ゴールは英語でgoal、生贄を英語で言うと?」

「sacrifice、 victim、あとはscapegoatでしょうか」答えた美咲さんが表情を変えて右手を口に当てた。

「もしかしてgoatですか?」

「ええ、そうです。goalゴールgoat生贄に。英字に変換したうえで一字を置き換える、それがこの四つの文章を解くカギです」


 御手洗さんが目顔で先を促した。


「葦はreed、育てよというからでseed。

 薄荷はmint、ここはちょっと考えてしまったけれど、釜じゃなく窯で焼くことから陶磁器だと気がつき美濃でmino。

 丸いはround、ほぼこんなものならばでaround」

「ほんとだ、すべて一字だけ変えている。でもこれが何を?」

「ここからもう一度変換するんだよ、鈴木くん。

 goatは山羊、seedは種子、美濃、aroundは大凡。どれも熟字訓と呼ばれる単語だ」


 熟字訓!? さっき安須那さんから聞いたばかり……。


「ここで最後の一文『私はみなの頭を刈りとる』が効いてくるんだ。それぞれの頭文字を繋げると、山種美大になる」

「山種美大か! あの大学で来月から『王の土器』の分析調査が始まりますっ」

「ヤツめ、まだあきらめていなかったのか。耕ちゃん、ありがとう!」


 御手洗さんたちは先輩への御礼もそこそこに事務所を飛び出していった。


「さすがは耕助さまですわ」


 美咲さんに褒められて先輩はうれしそう。それにしても……。

 これでまた一つ謎は解けたけれど、何だかもやもやするのは気のせいなのか。僕にも分からない。




―― 了 ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつのゴールは新たなスタート 流々(るる) @ballgag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ