幼なじみを全力拒否1

「翔ちゃん……さむい」



玄関先にうずくまってずっと自分のカラダを抱きしめているけれど、歯のガチガチが止まらなくなってきた。



濡れて帰ればこういうハプニングにも見舞われるから、だから翔ちゃんは濡れちゃダメだって言ってたんだ。

なるほど。

今それを痛感してる。



翔ちゃん私がバカでした。

言うこと聞かなくてごめんなさい。

これからは傘を持つようにします。

寒くて、心細くて、

膝をぎゅっと抱いた。



「美緒?そんなとこでなにしてんの……」


顔を上げたら息を切らした翔ちゃんが立ってた。


「翔ちゃん……」


顔を見たらホッとして涙が込み上げてきた。


「寒い……雷こわい……」


フラフラと立ち上がる。


「なんでそんな濡れてんだよ」


翔ちゃんはドアに鍵を差し込むとそれを抜きもしないで部屋に駆け込んで、ひったくるように手にしたタオルで私を包んでくれた。



その時翔ちゃんからフッと、せっけんみたいな香りがして戸惑った。

思わず体を引いてしまう。



だって、なんだろう、これ。

嗅いだことがある。

知ってる香りだ。

ひとつ言えるのは。

これ……翔ちゃんの香りじゃない。


『女の子』

そんなワードが頭をよぎった。


「びしょ濡れどころじゃねぇじゃん」

「そんなに怒らないでよ。ほら鍵、忘れてるよ」


どうしよう、泣きそう。なんで。


「鍵とかどうでもいいからまずは風呂!」


勇気を出して見上げた翔ちゃんは私ほど濡れてない。

その事実に胸がヒリヒリと痛む。


「翔ちゃんは、なんであんまり濡れてないの?」


素直にそう聞いたら翔ちゃんは少し驚いて、それから笑って私を浴室まで引っ張った。


「気にすんな。他人の傘係してただけだよ」

「傘係?」

「いいから、ほら」


大きなTシャツを押し付けられたから、シャワーを借りることにした。


少し熱めのシャワーを浴びてすぐに体温を取り戻したけれど、ひとりになったらやっぱり涙が出た。鏡を見たら目が赤いしまぶたが厚い



腫れが引くまでここを出られそうになくて、意味もなく乾燥機の小窓を覗き込んでた。



制服がくるくる回ってる。

膝を抱えて翔ちゃんのTシャツに顔を埋める。



そう、翔ちゃんの匂いはこれだもん。

さっきのは違うもん。

やっぱりそうだ。

奥寺さんと帰ってきたんだ。



翔ちゃんのしあわせを見守らなくちゃいけないときがついにきてしまった。

全然覚悟ができてなかった。



でも私がいつまでもこんなだと翔ちゃんはきっと恋もできない。

出来の悪い幼なじみのせいで。

そんなふうに思われたくない。



彼女がいても何もおかしくない。むしろいないほうがおかしい。

翔ちゃんは優しいし、カッコいいから。



今だってお風呂を出れば、文句を言いながらもきっと丁寧に髪を乾かしてくれるはず。

小学生のときは勝負する?ってゲームに誘ってくれて、耳にはヘッドフォンを付けてくれた。



だから笑いあっているうちにいつの間にか雨は上がって、雷は遠ざかっていたんだ。

そんな昔のことをどうして思い出すんだろう。



胸の辺りからまた涙がせりあがってくる。

なんで私、こんなに動揺してるの?



泣いちゃダメだ。

でも勝手に涙があふれてくる。

泣いちゃダメなんだってば。

なのにどんどん苦しくなる。



翔ちゃんを困らせちゃいけない。

泣き顔なんて見せられない。

そう思うのに、翔ちゃんが私の前からいなくなっちゃうって実感したら、こんなにも取り乱すなんて。



翔ちゃんを誰にも取られたくない。



そう思ったとき、まだ雨の降る空に虹がかかる瞬間を見つけたみたいにくっきりと、はっきりと、自分の気持ちに向き合ってしまった。



これは、消えない虹だ。

私は翔ちゃんのことが、すごくすごく好きなんだ。

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