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「なぁ、もう開けていい?」


呆然としていたら突然声をかけられて、慌ててドライヤーのスイッチを入れた。


「まだダメ!」

「なんで? 出てんじゃん」


頭からタオルを被って髪をモジャモジャにした。


「乾かしてんだ?」


ドアの隙間から翔ちゃんはいつものハテナマークを投げ掛けてきた。


「当たり前でしょ」


こうしたら涙目隠せるもん。

ガムシャラに髪をドライする私を、翔ちゃんは黙って見てる。


「すげー雑……」

「コメントとかいらない」


なんか無性に反抗したい気分。


「それじゃ髪傷むんじゃね?」

「翔ちゃんが気にすることじゃないでしょ」

「いや気になる。俺って意外と女子力高いから」

「そんなの知らないし」


気まずい沈黙が流れる。


「会話終わったじゃん」

「テレビでも見てればいいでしょ」

「えー、つまんない」


普段は相手なんかしてくれないのに、なんで今?


「とにかく私のことはもうほっといてください」

「何怒ってんの?」

「怒ってないし!」


八つ当たりだってわかってる。

でもいつものようにはいられない。


「子供かよ」

「そうかもしれないけど私だっていろいろ……それなりに考えてるんだよ」


翔ちゃんがそばにいなくてもちゃんとやれるように、って思ってる。


「しっかり者に生まれ変わろうってこれでも思ってんの!」


頭の中には、いつも落ち着いていてクールな奥寺さんのあの微笑みが再生されていた。

今までたくさん助けてもらったから、翔ちゃんの恋を応援したい。

それなのに。



「生まれ変わるって抱負はちょっとアバウトすぎだから、セロリを食べられるように頑張るとか最初の目標設定はそれくらいにしとけば?」



失礼すぎる言葉を平然と放ちながらこっちにやってくる。私がセロリを食べられないって、なんで覚えてるの?

そんなことにいちいちキュンとして、それがなぜだかすごく悔しくなった。


もうこっちに来ないでほしい。

近づかないでほしい。

だってあの優しい香りをまだ身に付けたままだもん。


それを受け入れられるようにならなきゃいけないのにこんなにも強く拒否反応を起こしてしまう。

でも後ろで小さなくしゃみが聞こえたから我に返った。


「ごめん、翔ちゃんも濡れてたんだった」


まずやるべきことは、ここを出ること。

占領しちゃダメだった。


「そうそう、出てくのは美緒。それとも脱ぐのここで見てるつもり?」


私の隣で表情ひとつ変えずに、堂々と濡れたシャツのボタンを外していく。


「ちょっと待って! なんで! ストップ!」

「無理。寒いんだもん」


脱ぎかけたシャツの襟ぐりが開いて、男の子らしい喉のラインと綺麗な鎖骨があらわになったから、慌てて視界を塞いだ。

隠すべきは赤く腫れた目だけじゃない。

泳ぐ視線と、真っ赤にはじけそうに熱くなった顔も隠さなければ。

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