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「そんなに拒絶しなくても……腕に針金が入ってるみたい」
余裕のある苦笑で奥寺が身体をこっちに寄せてくるから、強制的にひとつの傘に二人が収まってしまう。
「どうやって差そうが俺の勝手だろ」
「そういうまっすぐなとこも好きだな」
「さらっと告んな」
こいつ結構な恋愛上級者だったりして。
「だって、自分の気持ちに嘘つくなんて無理だもん。好きな人と相合い傘したいって思うくらいは自由でしょ?」
なんか、圧倒的に劣勢な気がしてきた。
「宮辺君は背が高いよね」
「奥寺のがうちの女子のなかじゃ高いほうだろ?」
猫背発動中。ダルい。
「今何センチあるの?」
「175くらいじゃない。たぶん」
灰色の空を見ながら適当な数字を言ってみた。
「もっとありそうだよね」
「そう?」
アホくさ。猫背バレてんじゃん。
「私は163センチ」
「ふーん」
「身長差12センチだね」
「それが?」
「キスするのにちょうどいい身長差らしいよ」
奥寺の恋愛スキル、ちょっとなめてたかも。
「へぇ、そうなんだ」
雨が、更に強くなった気がした。
「……前言撤回してもいい?」
「撤回?」
「キスしてくれたら……ほんとに諦める」
立ち止まって奥寺はまっすぐに俺をみつめた。瞬きひとつしない大きな瞳が、微かに揺れたような気がした。
耳鳴りするほどの雨音のせいにして、聞こえなかったフリをしてもよかった。でも少し腹が立って。
「自分を安売りすんな」
言わなくてもいいことをいってしまった。
「してない。宮辺君がいい。そういうとこが好き」
「気持ちはちゃんと伝わってる、でもそういうの奥寺らしくないんじゃない?」
「らしくない、って……私のこと知ってくれてるんだ?」
「そうじゃなくて」
一度ごめん、って言われたら終わり。それが普通だと思ってたけど彼女にはそれが通用しない。
はぁ、と息をひとつ吐いた。
「男はキスだけで止まれないし、むしろキスなんかなくてその先だけでいいわけ」
中学の頃のチャラかった俺を知ってたら、奥寺は俺に告ったりしてないはず。
「相合い傘ごっこは終わり。こっからはひとりで帰れ。じゃあな」
傘を押し付けたつもりが、奥寺は俺のその手をぎゅっと両手で握ってきた。
「今わかった。やっぱり諦められない」
雨音にかき消されそうになりながらもしっかり耳に届く声。がっちりホールドされる手。
「……そういうのはずるい」
ひとつ深呼吸をしてから、奥寺の手のなかに傘の柄をゆっくり握らせた。
「ずるいのは宮辺君でしょう?」
「なんでだよ。俺はいつだって正々堂々じゃん」
握られた手の感触を振り払うように土砂降りのなかを駆け出した。
どうしてか、美緒が無事に帰り着いたか無性に気になってきた。
一緒に帰りたいって顔に書いてあるくせにワガママを言えないところが、奥寺と正反対すぎなんだよな。
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