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「あっ、そうだった!」

「なに?いきなりどうしたの?」

「そういえば、ここで待ってろって翔ちゃんに言われたの忘れてた!傘持って迎えに来るはずなんだよね」


ちょうど大通りに出る前の小さな本屋さんの前を通りかかったから、慌ててとって付けた嘘をついた。


「いいの?なら俺入れてもらっていい?」

「ほんとに宮辺来るんだよね?」


なっちゃんが疑っている目をしてる。


「うん、来るよ!くるくる!」


なっちゃんの鋭い目をうまくかわした……と思う。


「ほんとにほんと?」

「うん、翔ちゃんは嘘つかないもん」


私はたった今、嘘をついていますが。


「……なら大丈夫か」


そう言って笑顔と私を残してふたりは行ってしまった。


本屋の軒下でふたりの背中が小さくなるまで見送った。

いいなぁ、相合い傘。

付き合ってると、寄り添う距離はぐっと近くなるのかな?


いいなぁ、あのふたり。

そうだよね、なっちゃんの隣は松野君の特等席なんだよね。


そんな憧れを振り切るみたいに雨のなかへ駆け出した。別に濡れたっていい、そんなの私の自由じゃん。

ちょっと濡れたくらいで風邪なんかひくわけないし、靴や制服は洗えばすむ。


もう翔ちゃんには甘えないし、時々口うるさいのもスルーしてやろ。


だけどね、翔ちゃん。

またあの頃みたいに雨の中を一緒に帰りたいと思うのは、そんなにいけないこと?

子供っぽい私がそばにいると、やっぱり迷惑?


翔ちゃんは今、誰かと一緒なのかな。もしそうだとしたら、幼なじみの私ってやっぱり邪魔だよね。

もしかして奥寺さんの傘に入れてもらってるのかな。

そんなことを考えて、ちょっとだけ悲しくなった。



帰りつくまでそう距離があるわけでもないのに、雨が強くなったせいで結局びっしょびしょに濡れてしまった。


しかも子供のころみたいに楽しくない。ふざけてくれる相手もいないし、私も大人になってしまったのかもしれない。


それにしても寒い。

震えながら自宅の玄関前で、鞄のなかをもそもそ漁った。

鍵はどこだ?


もたもたしている間にも雨が全身を伝って、肌から体の深部へとじわじわ寒さがしみていく。


ヘックシュン!


うぅ、雨に長いこと打たれたせいでさすがに震えが止まらない。

しかも鍵が……ない。


ダメ元で玄関をガチャガチャやってみる。

チャイムも鳴らしてみる。

だよね、この時間いつも誰もいないもんね。


遠くの空から雷が迫ってきてる。

雨はいいけど……雷やだな。

耳を塞いで隣の翔ちゃん家へ向かった。


「翔ちゃんいるー?」


インターホンを押すけど、反応はない。

まだ帰ってないんだ。

何してるんだろう。


そのまま翔ちゃんちの玄関先でぼんやり空を眺めたら、どんよりした重い雲が空一面を覆い尽くして街を飲み込もうとしているみたいに見えた。


靴を脱いでひっくり返しても、スカートの裾をしぼっても、なんにも意味ないな。

雷の音が、さっきより近くで鳴ってこわくなる。


なんとなくしゃがみこんでしまった。

翔ちゃん、早く帰って来て?

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