第354話 ローレンスの心境

「お兄様?」

「むっ!? い、いや、何でもない」


「コホン」とわざとらしい咳払いを挟んでから、取り繕うようにそう告げたローレンスさん。

 でもなぁ……めちゃくちゃ動揺しているようにしか見えなかった。


 今だって額から汗が溢れ出ているし。


 さすがにゼノン様も気づいたようだ。


「どうかしたのか、ローレンス。そんなに汗を流して」

「いえ、お気になさらず……今日は少々気温が高いようです」


 とても過ごしやすいし、何だったらちょっと肌寒いくらいなんだけどな。

 明らかに様子がおかしいと睨んだシャーロットがここですかさず切り込む。


「お兄様……もしかしてクラウディアが心配ですの?」

「心配? メイドを? まさか」


 いつもの調子で返すローレンスだったが――ここからが違った。


「確かに彼女は優秀なメイドだ。何よりシャーロットのことをいつも大切にしてくれていたようだし、仕事もミスなくこなしていた。基本的に専属であるシャーロットの面倒を見ているのだが、俺がたまに屋敷へ戻ってくるとよく声をかけてくれた。怪我をした時には治療もしてくれたし、ダンジョン農場へ移住してからは――」


 ……クラウディアさんについてめちゃくちゃ語るじゃん。

 あまりの熱量に俺たちが茫然としていると、ようやくそれに気づいたローレンスさんは再びわざとらしい咳払いで空気を換えようとするが……もう手遅れだ。


「お兄様……いつからクラウディアのことをそこまで……」

「勘違いをしてもらっては困るな、シャーロット」

「いや、勘違いも何も……クラウディアさんのこと好きすぎるでしょ」

「っ!?」

 

 思わず自然な流れで核心をついたキアラ。

 これにはローレンスさんが見たこともない形相で振り返り、キアラ自身も失言だったと慌てて口元を手でふさぐ。


 とはいえ、仮にキアラが何も言わなかったとしても、この中の誰かはきっと同じようなツッコミを入れていたはずだ。

 それくらい、さっきのローレンスさんの熱気は凄かったし。


「そうか……ローレンスはそこまでクラウディアのことを……確かにあの子はこれまで本当によくやってくれたよ」


 目を細めて語り出すゼノン様。

 それにしても……「あの子」って言い方はおかしくないか?


 まるで自分の娘のように語るじゃないか。

 ――って、まさか!?


「あ、あの、クラウディアさんとブラファー家の関係って……」

「うん? ……そうか。君たちは――いや、そもそもローレンスもシャーロットも知らない話だな、これは」

「「えっ?」」


 兄妹の声が綺麗に重なった。

 長らく一緒にいるふたりさえ知らないクラウディアさんの秘密。


 もしかしたら、そこに何かヒントが隠されているのかもしれない。

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