第330話 前竜王バーディン

 聖水の効果を含む野菜を食べて人食いの衝動から解放された前竜王のバーディンさん。

 どうやら俺に会って話がしたいそうだけど……ちょっと怖さはあった。


 先に会ったシモーネとハノンは大丈夫と言っていたが、どうしてもあの強烈な咆哮が脳裏に焼きついている。まあ、シモーネやエセルダ、それにヴィネッサとハンデスさん兄妹を見ていると、危険性は確かに薄そうか。


 それでも、人間の姿を見た途端に人食いの衝動が再び発動する恐れもある。

 細心の注意を払いつつ、俺たちは竜人族の里へと戻った。


 里では多くの竜人族たちが俺たちの到着を待っていたらしく、かなりの人手でにぎわっている。その中でもある人物の周りにやたら人が集中していた。恐らく、あの中心にいるのが例の前竜王バーディンさんだろう。

 やがて俺たちの到着を知った人々がササッと道を開け、その先に白髭を蓄えた老紳士が立っていた。


「やあ、君たちが噂に聞く若い農家さんたちかい?」


 さっきまでの暴走ぶりが嘘のように穏やかで柔らかい物腰の紳士。まさに王の名につく立場に相応しい風格をまとっていた。


「あ、あの、はい! ベイル・オルランドです」

「私はバーディン。数年前まで竜王をしていたが、今はこの里で隠居中の身だ」


 俺とバーディンさんは握手を交わし、それから他のメンバーも含めて軽く自己紹介。

 それからハンデスさんも交えて話をするが、どうも今晩はバーディンさんの復活を祝して里で大宴会を開くらしい。


「君たちにも参加してもらいたいのだが、どうだろう?」

「喜んで!」


 バーディンさん直々にそう言われてしまったら、参加しないわけにはいかない。というかむしろこちらから願いしたいくらいだ。


「ヴィネッサ、おまえも参加するだろう?」

「あ? 俺? いや、俺は別に――」

「参加しましょうよ、ヴィネッサちゃん」

「そうですよ!」

「うっ……まあ、どうせ暇だからいいけどよ」


 兄であるハンデスさんの誘いには乗り気じゃないが、シモーネやエセルダに押されるとヴィネッサは弱いらしい。というか、この三人はすっかり打ち解けて仲良くなっているな。


 シモーネにとって同種族と顔を合わせるのはかなり久しぶりらしいし、それが嬉しいのかもしれないな。


 ……もしかしたら、ここへ残るなんて言いだすかも?

 こればっかりは予想もつかないけど、もしそうなったら――俺は彼女の意思を尊重するつもりでいる。



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