第322話 衝動の解明

 同じ竜人族でありながら、シモーネには人食いの衝動が起きていない。

 種族として長年苦しめられてきた問題のはずが、なぜシモーネにはその気配さえないのか――これにはハンデスさんも驚きを隠せない様子。


「不思議だな……どれだけ長く人間と接していても、この衝動だけはどうしようもないとされてきた。いわば竜人族にとっては本能のようなもの。それを意識せずに抑え込めるなんて」

「ど、どうしてなんでしょうか……」


 シモーネ自身が理由をまったく把握しておらず、混乱していた。

 ここに暮らしている竜人族との違いなんて――


「私たちと一緒に暮らしているからでは?」

「ですが、ハンデスさんの話では長く人間と一緒にいた竜人族でもその衝動を抑えられなかったって話ですわよ?」

「あっ、そ、そうでした」


 マルティナの発言に対してシャーロットはそうツッコミを入れるが……正直、それ以外に思い浮かぶ要素が見当たらないんだよな。もしかしたら俺たちと出会う前に何かがあったのかもしれないけど、仮にそうだとしたら完全にお手上げだ。


 ……何かないか。

 シモーネがうちに来てからそれまでとまるで違ったことが。

 必死に思い出そうとしていたら、突然近くの家のドアが力強く開け放たれる。

 そこから出てきたのは、


「人間の臭いがする……」


 明らかに尋常じゃない様子をした竜人族の女性であった。


「まずいな……彼女は例の衝動にかられている」

「このタイミングで!?」


 最悪の事態だ。

 シモーネと同じくドラゴンの耳と尻尾、そして額から伸びる一本角が特徴的なその女性は周囲をキョロキョロと見回す。やがて視界に俺たちを捉えると、ニマッと歪んだ笑みを浮かべた。 

女性が人食いの衝動にかられていると判明した途端、ハンデスさんとヴィネッサとエセルダ、そしてシモーネも俺たちを守るように立ちはだかる。


「か、完全に僕たちを食べようとしているよ! お腹が空いているなら代わりにお弁当用のサンドウィッチをあげるから!」

「落ち着きなさい、アイリア」


 パニック状態になるアイリアをなだめるキアラだが、そんな彼女も体がわずかに震えていた。

 ――って、待てよ。


「サンドウィッチ……?」


 アイリアが言っていたのはマルティナが作ってくれたサンドウィッチだけど……ひょっとすると、シモーネが人食いの衝動にかられなかった原因はこれにあるかもしれない。


「試してみる必要があるな」

「? 何か言ったか、ベイルよ」


 近くにいたハノンがそう尋ねてきたので、


「やってみるのさ――サンドウィッチ作戦を」


 俺は静かにそう告げたのだった。

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