第321話 衝動
ヴィネッサの兄であるハンデスから告げられた衝撃の事実――咆哮をあげたあの巨大ドラゴンは、かつて竜王と呼ばれるほどの存在だったらしい。
「ふむ。確かに王と名乗るに相応しい体格をしておるな」
ハノンは納得したように呟いているが……まあ、あの迫力ある巨体を目の当たりにして実は竜王なんですと言われても驚きは少ないな。
しかし、ハンデスさんの口ぶりからするとあのドラゴンが竜王と呼ばれていたのは以前の話。今はもう隠居の身というわけか。そのため、周りからも「ご隠居」って呼ばれているらしい。
ただ、あれだけ苦しそうな雄叫びをあげているとなると、只事じゃなさそうだ。
シモーネは人を食べたいと思う自分の気持ちと葛藤していると言っていたが……そうハンデスさんに尋ねてみると、彼は驚いたような表情でこちらへと向き直る。
「よく知っているなぁ。どこでその情報を」
「わ、私が……」
おずおずと手を挙げたシモーネを見て、ハンデスさんは「ああ、君が」と言ったところで話を止め、しばらく考え込む。しばらくすると彼はシモーネにある質問を投げかける。
「君も竜人族として人を食らいたいと思う時はないのか?」
「えっ? と、特には……」
「さっき自己紹介をした際にも気にはなっていたが、君は普段こちらの少年少女たちと共同生活をしているのだろう?」
「は、はい」
「それなのに、人を食いたいという衝動が一度もない……」
納得できないといった様子のハンデスさん。
どうやら、シモーネの年齢ならそういった衝動にかられてもおかしくはないらしい。
その話を耳にした時、俺はなんとなく彼女がダンジョン農場から姿を消した理由が分かった気がした。
「もしかして……シモーネは竜人族に人を食らいたくなる衝動があると知って、俺たちのもとを離れたのか?」
「っ!?」
確認するようにボソッと呟くと、それを聞いたシモーネの顔が一気に赤くなった。すべてを語らなくても、リアクションだけで正解だって分かるな。
同時に、ダンジョン農場で一緒に暮らしてきた面々はシモーネの心遣いが嬉しくてほっこりした気持ちに。もちろん俺だってそうだ。
「シモーネさん……バレてしまいましたね」
微笑みながら語ったのはエセルダであった。
どうやら、彼女が竜人族の衝動について教えたらしい。
それを知ったシモーネはもうダンジョンに戻れないと悟り、ヤーベル渓谷に向かったのだろう。エセルダを助けつつ、自分も新しい土地で暮らしていかなければと決意したからこその行動であった。
――でも、だとしたらどうしてシモーネには衝動が現れないんだ?
それを解明できれば、竜人族たちの生活が一変するかもしれないぞ。
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