第292話 マルティナの異変
ついに始まった決勝戦。
シェリスさんとマークライト夫人の手際を目の当たりにしたマルティナであったが、どうにも調子は上がってこない。
いつもならもっとスピーディーな包丁さばきも鈍いし、調味料を間違えたりと彼女らしからぬミスが続いていた。
「一体どうしちゃったのよ、マルティナ……」
不安げに見守るキアラ。
「なんだか、料理とは別のことが気になっているみたいですわね」
「俺もそう思う」
シャーロットが指摘したように、料理の出来というよりもっと別の何かを気にかけているように映った。なんていうか……うまく言えないのだが、判断に迷っているという感じに映る。
「どうした? 時間がなくなるぞ?」
不調のマルティナを見かねて、シェリスさんがそう声をかける。
「シェ、シェリルさん……」
それを受けて、マルティナは俯いてしまう。さっきのひと言が引き金となってしまったのだろうか――いや、そうだとしても、それを跳ねのけるのがマルティナという女の子のはずだ。
「マルティナ!」
俺はたまらず名前を叫んだ。
具体的なアドバイスというわけじゃない。
ただ名前を呼んだだけ――けど、効果はあったみたいだ。
「ベイル殿……っ!」
バチーン!
マルティナは気合を入れ直すように思いっきり自分の頬を叩く。
あれは……痛そうだ。
――しかし、おかげで今度こそ目が覚めたみたいだ。
「……みなさん、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、もう大丈夫です。私はもう迷いません!」
力強く宣言をし、調理を再開するマルティナ。
そこには、いつもツリーハウスのキッチンで見る彼女の勇姿がそのまま存在していた。
制限時間は迫っているが、あれならきっとなんとかするはず。
「どうやら、本当にもう心配はなさそうじゃな」
安堵のため息を漏らしながら、ハノンが言う。確かに、普段の調子を取り戻したようだからもう心配する必要もなさそうだけど……なぜ彼女はあそこまで不調だったのだろう。
単純に調子が悪かったってわけじゃなさそうだし、会場の空気から緊張していたとも思えない。
彼女にしか分からない理由。
何が原因なのか、俺たちには皆目見当もつかなかった――が、それはこの後の試食で明らかとなる。
制限時間に達し、それぞれの料理が出揃った。
シェリスさんとマークライト夫人はすでに途中からどのような料理をしているのか見当はついていたが……マルティナが自信満々にテーブルへと並べた料理を見て、会場は騒然となるのだった。
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