第276話 参加要請

 特に変わりもなく、ダンジョンでの農場生活は平和に続いていた。

 今日も収穫した野菜をグレゴリーさんのいるライマル商会へ届けようと、シモーネとアイリアのふたりを連れて訪れたのだが、


「こんにち――うわっ!?」


 商会に入った瞬間、俺は思わず声をあげた。

 そこでは、ひとりの大柄な男性が土下座をしていたのだ。ちなみに、その相手は商会で働く顔馴染みのジェニファーさんで、彼女もどうしていいのやら困り果てている様子だった。


「あっ! みんないいところに!」


 俺たちを発見するやいなや、手を振って呼び寄せるジェニファーさん。正直、この状況はまったくもって意味不明なので、俺たちが手助けできることなんてあるのかと思っていたのだが――どうやら、大男は俺たちに用があるらしかった。


「おおっ! あなたたちが噂の凄腕農家ですか!」

「えっ?」

 

 凄腕農家って……なんか、呼び方に違和感があるけど、ジェニファーさん曰く、彼が訪ねてきている相手は俺たちで間違いないとのことだった。


 彼の名はルークと言い、ここから遠く離れたゼノディア王国という国からやってきた騎士だという。そのゼノディア王国は氷と雪で覆われたローダン王国とつながりがあるらしく、そこでの一件を耳にして訪ねてきたと説明してくれた。


「あなた方が優れた農家だという話を聞き、ぜひともお力を貸していただきたいと思いまして」

「お、俺たちの力を……?」


 ルークさんの様子から、かなり逼迫した状況であるのは伝わるが……今はこれでも特務騎士という肩書を持つ身。俺の独断で他国へと足を運ぶわけにはいかなかった。


 とりあえず、すぐに国へ向かうことはできないが、詳細な話を聞かせてほしいとお願いしてみたら――彼は一枚の紙を俺へ手渡した。


「すべてはここに書かれております……」


 そう語ったルークさんが渡した紙に書かれていた言葉を口に出してみると――


「【第一回絶品お野菜コンテスト開催の案内】……?」


 どうやら、野菜の品評会に関するお知らせらしい。

 最初これを受け取った時、俺は何かの間違いだと思った。

だって、相手は騎士だぞ?

以前、騎士団食堂のクオリティ向上に協力したことはあるが、今回はそれとはまったく関係のないただの品評会への参加要請ときている。


「え、えぇっと……」

「あなたにはぜひこのコンテストに参加していただきたいのです!」


 ガバッと勢いよく顔をあげたルークさんは、物凄い目力で俺に訴える。

 

「な、なんだってまたそこまでこのコンテストにこだわるんですか?」


 その迫力に押されつつも、俺は素朴な疑問をぶつけてきた。せめて、同業者に迫られるというなら分かるのだが、まったくかかわりのなさそうな騎士という役職の彼がどうしてわざわざ遠く離れた俺のもとを訪ねてきてまでこのコンテストへの参加をお願いするのか――純粋に理由が知りたかった。


「そ、それは……」


 少しだけためらった後、ルークさんはゆっくりと語りだす。


「我が故郷――ゼノディアの未来のためです」


 ……想像以上に深刻な事態のようだった。

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