第270話 実力伯仲
無月草を狙っていたのは霧の魔女だった。
おまけに、ヤツは俺の持つ樹神の剣に興味を抱いたらしい。
考えられる限り、最悪のシナリオが現実のものになってしまった。
「くっ……」
樹神の剣を構えて臨戦態勢を取るが、さすがに震えてくる。先ほど倒した鹿型のモンスターに比べたら、体格も小さく外見も怖くない――それでも、さっきまで感じなかった恐怖心が襲ってきた。
【ファンタジー・ファーム・ストーリー】の中に登場する霧の魔女は、冷酷無比で己の目的のためなら手段を問わない人物だった。
……今ここで、強力な魔法を使われたら俺に太刀打ちできる術はない。
たとえ樹神の剣の力があったとしても、霧の魔女にどこまで通用するか――やってみなければ分からない。
グッと剣を握る手に力を込める。
樹神の剣はゲーム内で実装されなかった、いわゆる禁じ手。
その力を十分に発揮すれば!
「樹竜召喚!」
ありったけの魔力を込めた樹神の剣を地面へと突き刺す。すると、地中から竜の形をした巨大な根が出現し、切の魔女へ襲いかかった。
「あらあら……地味な見た目に反して随分と派手な魔法を使いますね~」
こちらとしては今できる最高の魔法。
――だが、それでも霧の魔女に動じた素振りは見られない。これでもまだ想定の範囲内だっていうのか?
「怖いドラゴンさんには……燃え尽きていただきましょうか~」
言い終えた直後、霧の魔女の体は炎に包まれた。
木の根でできたドラゴンに対し、炎で対応する――ここまではセオリー通りの反応だ。
当然、こちらも想定している。
この樹竜は全身を魔力で覆われており、生半可な炎魔法は通じないようになっている。
たとえその相手が、霧の魔女であったとしても。
「あら?」
放たれた炎魔法は、樹竜の頑丈な鱗に弾かれて効果なし。
さすがにこれは予想外だったのか、霧の魔女は慌てて回避する。
――イケる。
俺は樹神の剣を過小評価していた。
さすがはゲームの開発陣が実装をためらうだけのことはある……竜樹の剣が完全に農業特化の剣であるのに対し、こちらは攻撃面も充実していた。
しかも、その性能はゲーム内でも屈指の実力者である霧の魔女を相手にしても渡り合えるほどの性能がある。となると、まだまだこの剣には隠された力があると見ていいのかもしれないな。
完全に勝ちを確信したわけではないが、ある程度は戦えるし、状況は好転しているように思えた。
あとは隙をついて霧の外へ出て、みんなと合流すれば――そう考えていたが、
「その剣……ますます欲しくなっちゃいました~」
どうやら、樹神の剣の力は霧の魔女を本気にさせてしまったようだ。
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