第229話 マルティナの秘策?

「父上は容体が悪化し、もはやまともに国を治めることができない。ならば、第一王子であるこの俺がその役目を引き継ぐのが当然だろう?」

「ですが……まだ正式に王位を継承したわけではないはずです」

「黙れ! 逆らうことは許さんぞ!」


 アドウェル王子は、すでに国王気分でいるようだが……正式に王位継承の儀式を通していない段階では、王を名乗れないはず。

 サリーナ姫側につく騎士たちもそれを承知しているため、アドウェル王子のめちゃくちゃな振る舞いを看過できないようだ。


「王子……サリーナ様の言う通りです。今のあなたはまだ国王ではありません」

「時間の問題だ。どのみち、俺が国王になる事実は揺らがないのだからな」


 聞く耳を持たないアドウェル王子。

 だが、この国の未来を真剣に考えるなら、あのように自分勝手な言動を繰り返す彼を国王にするのは危険だ。怒りの沸点のだいぶ低いようだし、少し機嫌を損ねただけで他国と戦争になりかねない。


 もしそうなれば、俺たちの住むクレンツ王国にも悪影響が出る。

 なんとか食い止めたいところではあるが……国民ですらない俺たちにはその術がない。


「分かったのなら、おまえらはさっさと帰れ。この国に農業など必要はない」

「それではこの国の経済に未来はありません」

「この国の未来は俺がつくる!」


 ダメだ。

 まるで会話にならない。

 この調子だと、話し合いはずっと平行線のままだ。


 ――が、思いもよらぬ発言がアドウェル王子からもたらされる。


「ちょっと待て! そこのオレンジ髪の女……おまえはここに残れ。今日からは俺の第一夫人として奉仕するんだ」

「わ、私ですか!?」


 指名されたのはマルティナだった。

 そういえば、前にもマルティナを気に入っていたような発言をしていたが……あれは本気だったってわけか。

 しかし、いきなり夫人にするとは驚いたな。


「国王の妻になれるのだ。光栄に思うがいい」

「いえ、お断りします」


 あまりにもあっさりと、マルティナはアドウェル王子からのプロポーズ(?)を却下した。まあ、その立場に魅力を感じて了承する人もいるかもしれないが、少なくともマルティナにはそうした欲はない。王妃の地位になんの魅力も見出していないのだ。


 だが、当のアドウェル王子は「断られた」という現実が受け入れられないようだった。


「正気か!? 王妃の立場をみすみす捨てるというのか!?」

「えっ? えぇ、まあ」

「そんなわけがあるか!」


 何やら喚いているアドウェル王子。

 これもまた、相手を納得させるのに時間がかかりそうだ――と、思っていたらマルティナとバチッと視線が合う。

 そして、


「あなたと結婚できないのは……こちらのベイル殿と婚約をしているからです」

「……えっ?」


 相手をあきらめさせるため、分かりやすい嘘をつくマルティナ。

 うちのメンバーの反応も、きっとその嘘も


「そ、そうだったの……?」

「わたくしたちの知らないところでそのような話が……」

「まったく気がつかなったのぅ」

「でも、確かにとても仲がいいですぅ」

「うちで一番の古株だしね」

「……うん?」


 あれ?

 なんかみんな……本気で俺とマルティナが婚約していると思ってる?

 もしかしたら、とんでもない事態に発展しかけてない?

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