ダンジョン・ファーム ～家を追い出されたので、ダンジョンに農場をつくって暮らそうと思います～

第225話 アドウェル王子

「君たちクレンツ王国の商人たちにはこの国から退去するよう伝えられたはずだが？」

　ニヤニヤと笑いながら近づいてくるローダン王国のアドウェル王子。

　彼の周囲には護衛役の騎士たちが張りつき、緊迫した空気が流れていた。

「ア、アドウェル王子……これは――」

「君らは全員クビだ。今すぐ荷物をまとめてここから立ち去れ」

「なっ！？」

　騎士たちの言い分も聞かず、アドウェル王子は突然その場にいる全員にクビを告げたのだ。

　さすがに相手が王子であっても、この一方的な言い分に納得できるわけがない。騎士たちはやんわりとした口調ながら抗議に出た。

「な、何をおっしゃるのです、王子」

「私たちは何も――」

「何もしていないからクビにするんだろうが。俺はこいつらをとっとと国外へ放り出せと言ったんだ。それを……こんな場所に呼び寄せるなんて」

「これにはきちんとした理由があるのです」

「彼らはこのローダンの地で農業をしようと提案してくれたのですよ」

「農業だぁ？」

　……この人は本当に王子なのか？

　態度といい、口調といい、とてもじゃないが王族の器とは思えない。関係性は未だに見えないが、恐らくサリーナ姫と近しい血縁者であると思われるが……あらゆる面で天と地ほども差があるな。

「そんな貧乏臭いマネを俺の国でやらせてたまるか。この国はもっと俺に相応しい派手な活躍で世界に存在を知らしめるんだよ」

　まったくもって具体性のない未来像……それが実現できると本気で信じている、危うい目をしているな。

　というか、「俺の国」と発言しているが、そもそもこの国の国王はまだ健在のはずだ。

　それに、サリーナ姫にも王位継承権がある。

　ほぼノープランと言っていいアドウェル王子の言い分を現国王が鵜呑みにして王位を明け渡すとは思えない。

仮にも、この厳しい環境下でありながら何年も国家を存続させてきた国王だ。まさか本当にこっちのダメそうな王子を次期国王に選ぶなんて……いや、内情まで把握できないから断言はできないぞ。妙に自信満々なところもキナ臭い。

「おまえらもさっさと失せろ。この俺の命令だぞ？」

「そんな！　いくらなんでも勝手すぎます！」

　食ってかかったのはマルティナだった。

　――まずい。

　彼女はこの手の話題には疎い。　

　下手に相手を刺激したら、何をされるか分かった物じゃないぞ。ここはクレンツ王国ではなくローダン王国。あいつの庭だからな。

「あぁ？　てめぇ、誰に向かって――おう？」

　抗議したマルティナに対してアドウェル王子の顔つきが変わる。

　……めちゃくちゃ嫌な予感がしてきた。

「なんだよ。いい女がいるじゃねぇか」

　どうやらマルティナが好みのタイプだったらしいアドウェル王子は、ドン引きしているマルティナへとゆっくり近づいていく――と、

「お兄様、そこまでにしてください」

　背後からそう声をかけてきたのはサリーナ姫だった。

「サリーナか……引っ込んでいろ」

「そういうわけにはまいりません。彼らは私が使いを送ってまでこの国に招いた大事な客人です。それ以上の無礼な振る舞いはお控えください」

「なんだと！？　俺はこの国の第一王子で次期国王最有力候補だぞ！」

「まだその地位についていないというのに、よくそこまで威張れますね」

「何ぃっ！？」

　うおぉ……思っていた以上にこの兄妹――バチバチだ。