第211話 ローダンの事情

「……さすがですね」


 ケビンさんが浮かべる苦笑い――そこには、あきらめの感情が滲んでいた。これ以上誤魔化しても無駄だと悟ったのだろう。


「おっしゃる通り、私はあなた方に重要な情報を隠していました」

「その割には随分と素直に認めるんだな」


 グレゴリーさんが追及すると、ケビンさんは深々と頭を下げた。


「信頼を失う愚かな行為であったと重々反省しております。……しかし、そうでもしなければならない事態に陥っていたというのもまた事実」

「そ、そんなに重い事態なんですの?」


 シャーロットの顔が青ざめ、引きつる。

 彼女は貴族のブラファー家出身ということもあって、国際的なやりとりは実際にその経験がなくても、パーティー会場などを通じ、肌で感じているはず。だからこそ、あのような表情になるのだ。


 しかし、それとは対照的にケビンさんの顔つきはどこか軽く感じる。

 国際的な信頼を失うかもしれないという割には、あっけらかんとしているような。


「……少々大袈裟に言いすぎましたね」

「? どういうことですか?」

「いえ、深い意味は特にありません。――ただ、ここへ来てあなたに声をかけるという行為を国王陛下は知らないということだけです」

「「「えっ?」」」


 俺とシャーロット、そしてグレゴリーさんは思わず顔を見合わせる。


「あ、あの、それってどういう……」

「今回、あなた方へ接触するよう依頼をされたのは――我がローダン王国の姫君であるサリーナ様なのです」

「ひ、姫君?」


 王家であることは違いないが……まさかお姫様からの依頼だったとは。

 しかし、そうなるとローダンの国王陛下はこの事態を知らないということになるな。


「ケビンさん‥…ひとつ聞きたいことがあります」

「なんでしょうか?」

「ひょっとして――ローダン国王陛下は国内に農場をつくることに反対をしているのではないですか?」

「半分正解ですね」


 ……なんとも引っかかる表現だな。


「農場をつくることに反対しているとも言えるのですが、正確には農場などつくれないと否定しているのです」


 それは納得できる。

 ローダン王国は一年中雪と氷に覆われている場所だ。そうした土地が農業に向かないのなんて、誰よりも国王が分かっているはず。だからこそ、最初から農場づくりに着手はせず、別の手で国を盛りあげようと画策しているらしい。


 だが、国王があきらめた農業に娘であるサリーナ姫は関心を抱いているという。


「植物型モンスターであるアルラウネを使役し、砂漠での農業を可能としたというあなたの評判は我が国にも届いています」


 使役、か。

 それはちょっと違うな。

 たぶん、情報が伝わるうちにいろいろと改変されてしまったのだろう。


その辺を修正しようとしたら、


「この通りです!」


 突然、ケビンさんがその場で土下座を始めた。


「ちょ、ちょっと!?」

「姫様は農場ができることを夢見ています! それが実現できれば、ローダンの民の生活は安定するんです!」

「そ、それは分かりますが……」


 オアシスがあった砂漠とはわけが違う。

 果たして……雪と氷の土地で農業ができるだろうか。


 いずれにせよ――


「行くしかなさそうですね」

「えっ!? そ、それじゃあ!」

「農業ができると断言はできませんが、検証はしてみたいと思います」

「あ、ありがとうございます!!」


 地面におでこをこすりつけながら、感謝の言葉を並べるケビンさん。

 さて……また長い旅になりそうだぞ。

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