第163話 砂漠に潜む魔手
竜樹の剣の力ならば、砂漠に畑を耕すことだってできる。
ダンジョンって環境でも野菜を育てているという実績があるからこそ、俺はそう断言できたのだ。
――しかし、ここはなんだかおかしい。
竜樹の剣に魔力を込めて地面に突き刺す。
ここまではいつも通り――が、すぐにまたあの妙な感覚が襲う。
「っ!?」
たまらず、勢いよく剣を地面から引き抜いた。
「ど、どうかしたんですか?」
いつもとは違った俺の様子に、マルティナが驚きながら声をかける。
「あ、ああ、大丈夫だ……」
「ど、どう見ても大丈夫じゃないでしょ! 凄い汗よ!」
今度はキアラが慌てた様子で言う。その言葉で、俺は自分がびっしょりと汗をかいていることに気がついたのだ。
「た、只事ではありませんわね」
「一体何が起きているんだ……?」
シャーロットにアイリアも、突然の事態に困惑しているようだ。
……それは俺も同じだ。
こんなこと、今までに経験がない。
竜樹の剣から出る魔力を拒まれているような……
「ふむ」
動揺する俺の横をすり抜けて、地面にそっと手を触れたのはハノンだった。
それを見て、俺はハッとなる。
植物型モンスターのアルラウネである彼女ならば、この事態の真実に気づけるかもしれない。――そんな俺の読みは的中した。
「ベイルよ。この辺りの土で野菜が育たたないのは……単純に土壌のせいではなさそうじゃぞ」
「と、いうと?」
「お主も薄々感づいておるじゃろ? ――竜樹の剣から出る魔力を吸い取っている者がいる」
ハノンは俺の感じた違和感をそう分析した。
竜樹の剣を吸い取っている者って……
「まさか!?」
俺たちには、その存在に心当たりがあった。
「恐らく、強力なアルラウネが近くに潜伏しておるはずじゃ。――それはきっと、ワシの母親じゃろうな」
この村へ来る途中に立ち寄った町で出会った、赤い髪のアルラウネ。
髪の色の違いと喋り方を除けば、すべてがハノンにそっくりな彼女は、自分たちの母親がハノンを求めていると言っていた。
もし、今回のレーム砂漠の件にそのアルラウネが絡んでいるというなら……きっと、ハノンを連れ戻すために仕掛けたものだろう。
「俺たちをおびき出そうとしているのか……?」
だとすれば、これは明らかに罠だ。
ハノンを連れ戻すための罠――だが、当のハノン自身は、
「ワシはこの誘いに乗る」
ゆっくりと立ち上がり、そう宣言した。
「ちょ、ちょっと! いくらなんでも危険すぎよ!」
「そうですわ! 自ら敵の懐に飛び込んでいくなんて!」
「じゃが……ワシはひと目でいいから母親という存在に会ってみたい」
静かな、それでいて力強い訴えに、俺たちは何も返せなかった。
ハノンがこれほど感情をさらけ出して話すことなど、これまで一度でもあっただろうか。
少なくとも、俺の記憶の中ではない。
「……分かった」
「!? ベイル殿!?」
「大丈夫さ、マルティナ。――ハノンをひとりでは行かせないから」
そう。
ハノンがそこへ飛び込むというなら、俺もついていく。
俺の言葉を聞いた他のメンバーも、「その手があったか!」と納得してくれたようだ。
「お、お主ら……」
「止めても無駄だからな、ハノン」
「……まったく、物好きなヤツらじゃな」
呆れ気味にそう言い放つハノンは、しかしどこか嬉しそうに声を弾ませるのだった。
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