第146話 思い出

 何のためらいもなく、巨大会長へと近づいていく紳士。

 あまりにも堂々とした態度に、見ている俺たちが心配や不安といった感情を抱くことはなかった。紳士はまるで古い友人と再会した時のように、何とも言えない柔らかな笑みを浮かべて怪鳥へと話しかける。


「やあ、久しぶりだね。ここへ来るのはいつ以来かな」

「…………」


 紳士の声に対し、怪鳥は特に襲い掛かるようなマネをせず、ジッとその場にとどまっていた。


「まさか……あの人のことを分かっているのか?」


 基本、モンスターとは本能のままに暴れ回る。

 しかし、あの怪鳥にはそれがなかった。

 先ほど俺たちを襲ったのも、本当にこの畑を守るためだけだったのか……にわかには信じられないが、そちらの方がしっくりくる怪鳥の行動であった。


 ――と、不意に怪鳥の視線がこちらへと向けられる。

 それを素早く察知した紳士が説明を始めた。


「彼らならば心配はいらない。私の知り合いであり、命の恩人でもあるのだ」


 俺たちがアイリアを言いくるめて暗殺しようとしていた冒険者たちから救ったことを話すと、怪鳥は静かに頷いた。どうやら、俺たちを敵視することはなくなったらしい。


「すまないね、みんな。彼はこの畑を守ることに精一杯だったのだ。代わって私が謝罪しよう」

「そ、そんな!」


 礼儀正しく頭を下げる紳士を見て、俺たちは恐縮しっぱなしだった。明らかに地位のある人だもんなぁ。


 ――で、その紳士の正体についてだが……やはり貴族であった。

 西方の一部地域を治めるエクブルーム家の当主であり、実はスラフィンさんやローレンスさんと面識があるという。


「まさか、君たちがあのふたりの親族だったとは」

「こちらも驚きです」

「えぇ……お兄様をご存じだったなんて」


 意外なところで明らかになる、エクブルームさんと俺たちの接点。世間は狭いというけど、それを実感する出来事だった。


 

 それから、俺たちはエクブルームさんに事情を説明。

 

「魔法兵団に風属性の魔法使いが大勢入団したという話は聞いている。――実を言うと、ここへ来た目的はそれなんだ」

「えっ? そうだったんですか?」

「うむ。当主の座を私に譲り、隠居していた父がここで珍しい野菜を作っていることを思い出してね。その種でも残っていればと思ってきてみたわけだが……まさかこうして残っているとは夢にも思っていなかったよ」


 エクブルームさんはそう言って畑を見つめる。


「私も、よくここで草むしりをさせられたな。――本来であれば、貴族がやるようなことではないのだが」


 苦笑いを浮かべつつ、どこか嬉しそうに語るエクブルームさん。

 つまり、この場所は彼にとって、父親との思い出が詰まった大切な場所ってわけか。

 ――いや、エクブルームさんだけじゃない。

 強大なドラゴン(シモーネ)を前にしても一歩も退かなかったあの怪鳥にとっても、この場所は思い出深いのだろう。


「あのディアーヌ兵団長が託したというなら、君もまた信頼できる人物だ。――まあ、それはすでに分かり切っていたことだがね」

「い、いや、そんな……」

「謙遜する必要はない。君の能力についても報告は受けている――持っていってくれたまえ」


 エクブルームさんの言葉を受けて、俺は畑へと足踏み入れた。

 そして……ついにハリケーン・ガーリックを手に入れたのである。

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