第140話 トラップ

 嵐の谷攻略二日目。

 いよいよ岩壁のてっぺんを目指して出発した。


「ここから見上げると、すぐそこに感じるんですけどねぇ」

「目に見える距離と実際の距離って違うからねぇ。特にこんな感じの険しい道であれば尚更よ」


 マルティナとキアラの会話にあるように、はたから見るとそれほど距離があるようには思えない。あと一時間もしないうちにたどり着けるだろう――俺もそう考えていた。


 しかし、その考えはすぐに改められる。


「さ、さすがに遠いな……ていうか、遠すぎないか?」


 てっぺんまでの距離は一向に縮まる気配がない。

 まるで、その場で足踏みしているような感覚に陥る。


「! もしかして……」


 ある考えがよぎった瞬間、俺は足を止めた。周りのメンバーもそれに気づいて駆け寄ってくる。


「何があったんですの?」

「シャーロット……これは俺の勘みたいなものなんだけど――俺たちは同じ場所をグルグルと回っているだけじゃないか?」

「「「「「「えっ?」」」」」


 六人はキョトンとした顔でこちらを見つめる。

 無理もない。

 ずっと坂道をのぼっているつもりだったが……まったくてっぺんとの距離が縮まっていないということは、そういう現象が起きているという可能性もゼロではないんじゃないかと思えたのだ。


「同じ場所を繰り返し歩いている……可能性があるとしたら、認識阻害魔法かしら」

「でしたら、それを解除しないことには先へ進めませんわ」


 魔法の専門家であるキアラとシャーロットは、俺の仮説をもとにどうやってその認識阻害魔法を突破するのか、話し合いを始める。

 ――が、


「面倒な手段など必要あるまい」


 ハノンはそう言って、シモーネの肩を叩く。


「うちには空を舞えるドラゴンがおるではないか」

「そ、そうですね! シモーネちゃんなら突破できるかもしれません」


 ハノンとマルティナの視線は、ビクッと体を強張らせるシモーネへと向けられる。

 

「……少し強引な気がしないでもないが。シモーネならできるかもしれないな」


 竜人族であるシモーネは、今でこそ俺たちと同じ人間の姿をしているが――その正体は水の力を操る強大なドラゴンなのだ。

 これまでも、俺たちでは手に負えないような巨大モンスターを相手に活躍してきたシモーネ。今回もまた、パーティーを救ってくれる切り札となるかもしれない。


「わ、分かりました!」


 腹をくくったシモーネは、ドラゴン形態へと姿を変える。


「うわっ!?」


 まず声をあげたのはアイリアだった。

 そういえば、彼女はドラゴン形態のシモーネを見るのは初めてだったな。まあ、これは一種の通過儀礼なものだから。俺たちも最初はビックリしたけど、今はもう慣れっこになってしまったからな。


「よし! 頼むぞ、シモーネ!」

「はい!」


 ドラゴン形態となったシモーネは羽を広げて空へと舞い上がる――と、次の瞬間、「ゴン」という鈍い音が響き渡った。


「な、なんだ!?」


 何が起きたのか、すぐには理解できなかったけど、ドラゴン形態となって飛び上がったシモーネが、すぐに動きを止めて人間形態へと戻ってしまう。

 

「危ない!?」


 落下するシモーネを見てマルティナが叫ぶ。

 それでハッと我に返って、竜樹の剣を地面に突き刺す。

 キアラを助けた時と同じ手段を使って助けようとしたのだ。


 その狙いは見事に成功。

 地面から突き出た蔓が落下するシモーネをキャッチした。


 とりあえず、シモーネは無事だったけど……一体、何があったんだ?

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