第116話 下準備
いよいよ騎士団の食事事情を改善するため、俺たちは王都へと向かった。
馬車の荷台には、収穫したばかりの野菜がぎっしりと詰められている。当然ながら、野菜だけというわけにもいかないが、野菜以外は向こうの貯蔵庫にある物を自由に使っていいというお達しがレジナルド騎士団長名義で届いている。
一応、向こうで使える食材についてはリストアップした物をもらっていて、マルティナはそれも考慮してさまざまなメニューを考案していた。
「マルティナが作るんだからきっと好評に決まっているわ!」
「だといいんですけど……」
普段からマルティナの手料理を食べている俺たちは、それを確信している。
きっと、騎士たちの胃袋をガッチリ掴めるだろう。
――ただ、本人はそう思っていないようだ。
思えば、マルティナが俺たち以外に料理を振る舞うというケースは稀だ。以前、ドリーセンの町で行われた朝市で訪れた人々に料理を出したことはあったが、今回の騎士団のケースとは少し状況が異なる。
恐らく、それはマルティナ本人が一番よく分かっているのだろう。
緊張しているが、裏を返せば、自分の腕に慢心をしていないとも捉えられる。
あとは、自然体のまま調理することができれば……
俺たちが訪れたのは、騎士団の詰め所。
現在はいつも行われる合同の鍛錬や、王都の見回り、さらに遠征している者たちもいるため、閑散としていた。指定されたところへ馬車をとめると、そこに三人の騎士たちが現れる。
「君たちがダンジョン農場から来たという者たちかな?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
以前、俺はレジナルド騎士団長から特務騎士として任命されている。恐らく、それは他の騎士たちにも伝えられているのだろう。前に来た時よりも、騎士たちの対応が柔らかかった。
俺たちが案内されたのは詰め所に備えつけられたキッチン。
そこは、
「「うわぁ……」」
キアラとシャーロットは思わず目をそらした。
ハノンとシモーネは黙って顔を引きつらせている。
「こいつは……」
そこから先については、口にすることがはばかられた。忖度なしで、ストレートに言ってしまえば――めちゃくちゃ汚い。前任者はキッチンの手入れをしなかったのか? これでは味とか以前に衛生的に問題がありそうだ。
「前の調理担当者は今どこに?」
「実は、数日前に腰を……現在は療養中なんだ」
「なるほど」
「まあ、それをなしにしても……」
案内役を務めてくれた騎士は、苦い顔をしながら言う。
確かに……怪我の状況をなしにしても、この汚れようはいただけない。それに比べるとマルティナのお父さんで、貴族の食卓を預かるヒューゴさんがいるキッチンはとても綺麗だった。貴族の屋敷という点を抜きにしても、雲泥の差だ。
「まずはここを掃除しないと」
「そうですね。このままでは調理できませんし」
「よぉし! 手分けしてパパッと片付けるわよ!」
「はい!」
「仕方ないのぅ」
「やってやりますわ!」
こうなったら、全員で取りかかり、さっさと終えてしまおう。
俺たちは調理の前に、掃除へと挑むこととなった。
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