第112話 帰路
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていった。
思わぬ形で次なる依頼――騎士団食堂の料理改善という仕事が舞い込んできたが、これには中心となるだろうマルティナが早速ヤル気を見せているので、俺もそれに負けないようにしなければと気を引き締める。
それから、シャーロットが楽しそうにうちの女子メンバーと話している姿を見た兄のローレンスさんは、彼女がツリーハウスへ住むことを改めて認めた。
「学園は何かと気苦労が多いようだからな」
そう言い残して、俺たちよりも一足早く大陸へと戻っていったローレンスさん。
きっと、妹のことがずっと気がかりだったのだろう。
しかし、こればかりは将来を期待される有能なローレンスさんであっても、解決は難しい。
ただ、俺たちと一緒にいることで、昔のような明るさを取り戻したようだと語っていた。
その際、ローレンスさんと目が合った。
口にはしないが、何かを訴えかけるような眼差し……それはきっと、俺との婚約破棄について、思うところがあったがゆえの視線だろう。
あの頃はまだ幼くて、俺は事情を把握しきれていたわけじゃない。
けど、今は違う。
家を出て、みんなと暮らすようになってから、俺はいろいろと変われたと思うんだ。
だから、今度はきっと大丈夫。
みんなもいてくれるし、シャーロットも悲しい思いをしなくて済む。
ローレンスさんもその可能性を見出したから、俺たちと一緒に暮らすことを許してくれたのだ。
再び船に乗り、大陸へと戻ってきた俺たち。
港町ではすでに馬車が待機していて、今日中にはダンジョンへ戻れる手筈となっている。
「バカンスは文句なく楽しかったけど、家に帰ったら帰ったで妙に落ち着けていい感じなのよねぇ」
「その気持ちは分かりますわ」
馬車へ乗り込むと、早速キアラとシャーロットは思い出話に浸っていた。
なんていうか、旅行あるあるだよなぁ。
ハノンとシモーネのふたりも思い出話に花を咲かせているし、みんなにとっていい思い出になったようで何よりだ。
――ただひとり、神妙な面持ちで考え込んでいる子がいるけど。
「…………」
それはマルティナだった。
ローレンスさんから騎士道食堂の食事改善を指南するという大役を任されている――が、あの場では割と自信があるように映った。しかし、時間が経っていろいろと考えているうちに不安な面が大きくなってきたようだ。
「大丈夫か、マルティナ」
「! は、はい! へっちゃらですよ!」
いつもの笑顔を見せてくれたが……心なしか少し影があるような気がしてならない。
これは一度、あの人のもとを訪ねてみた方がいいかもしれないな。
「なあ、マルティナ」
「ひゃい!?」
驚きすぎだって。
こりゃ思っていたよりも重症だな。
「例の騎士団食堂の件だけど……あの人に相談してみないか?」
「あの人……ですか?」
「そう。――君のお父さんだよ」
マルティナの父親であるヒューゴさんは、現在、貴族であるタバーレス家のお抱えシェフとして働いており、国内でも屈指の実力者として名高い。
そんな父親のもとで小さな頃から修行していたマルティナ――きっと、父親であるヒューゴさんなら、いいアドバイスをくれるはずだ。
「……そうですね。相談してみます」
「なら、早速明日にも行くとしようか」
「はい!」
こうして、バカンスから戻ってきたばかりではあるが、次の目的がハッキリと定まったのであった。
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