第89話 覚悟を決めて

 学園に現れたブラファー家の馬車。

 乗っていた人は校舎に入っていったのか、周辺にいないようだが……シャーロットは誰が来たのかおおよその見当がついているようだった。


「お、お父様……」


 シャーロットの父親。

 つまり、ブラファー家の当主。

 そんな大物が学園に来ているというのか。


「……まずい」


 俺は誰にも聞かれないよう、ボソッと呟く。

 ある意味、従弟のディルクと鉢合わせるよりも厄介だぞ……何せ、他のみんなには俺とシャーロットが元婚約者であるということをまだ告げていない。

そもそも、シャーロット自身が俺のことを覚えていないし、さらに婚約破棄という流れに傷を負っているらしいとクラウディアさんから教わっていたので、なかなか言いだせなかったんだよなぁ。


 ……だから、この状況は非常にまずい。


 シャーロットはもちろん、あのクラウディアさんも相当焦っている。表情の変化に乏しい彼女だが、こめかみから頬へと垂れる一筋の汗――もうそれだけでめちゃくちゃパニックになっていることが分かった。


 そりゃあ、貴族令嬢がダンジョンにあるツリーハウスで一泊したんだもんな。おまけに相手は元婚約者で今は農夫ときている。


 どこかで噂を聞きつけた?

 いや、それにしては行動が早すぎる。

 やっぱり、別件で偶然この学園を訪れたってことなのだろうか。


 ――そういえば、


「……シャーロット」

「……なんですの?」

「今騎士団に所属している君のお兄さんは確か……この学園の卒業生だったよね?」

「お兄様? え、えぇ、そうですが――まさか!」


 どうやら、シャーロットも気づいたようだ。

 恐らくあの馬車に乗っていたのはブラファー家当主ではない。いくらなんでも情報伝達が早すぎるし。だとすれば、残された可能性はシャーロットの兄でこの学園ともゆかりのある――ローレンスさんだろう。

 

「ローレンス様が……あり得ますね」


 当主でないと分かると、クラウディアさんが元通りになった。

 態度変えすぎじゃない?


 ともかく、これで冷静さを取り戻した――と、思ったら、


「あの」

「うん? どうした、マルティナ」

「どうしてベイル殿がシャーロットちゃんのお兄さんの仕事を知っているのですか?」

「!?」


 マルティナの純粋な質問に、場が騒然となる。

 ……迂闊!

 来訪者のことを気にするあまり、思わず口が滑ってしまった。


「い、言われてみれば……」

「気になるのぅ……」

「わ、私もとても気になりますぅ……」


 キアラ、ハノン、シモーネの三人から送られる鋭い眼光。

 そして、


「あなた……」


 不思議そうな顔で俺を見つめるシャーロット。

 それに耐えきれず、アイコンタクトでクラウディアさんに助けを求めるが、ただ黙って頷くだけ。


 これは……もうすべてぶちまけるしかなさそうだな。

 俺としても、みんなに隠し事をするのは気が引けたし……ただ、シャーロットの精神状態を確認しながらってことになるけど。


 大きく息を吐いてから、俺はみんなに説明を始めた。


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